ラオスで出された重い宿題

執筆者:道傳愛子2002年10月号

 タイ・ラオス国境の取材を終え、メコン河を渡ってラオス側からタイへと戻る舟を待っていた時のこと。渡し場で、見慣れない果物が山積みになっていた。色は褐色、リンゴほどの大きさで、うぶ毛に覆われている。タイ人の同僚に聞くと、タイ語ではクラトーンと言うのだと教えてくれた。そして少し困ったように“no name in English”つまり英語に翻訳された名前はないのだと言う。タイを拠点とした二年間の取材で、日本語や英語に置き換えて説明することが難しい事柄に度々出合ったことに思いあたった。「国境」の取材もまさにそうだった。 海に囲まれている日本では、日常生活の中で「国境」や「国境線」を意識する機会は少ないが、タイは、ミャンマー、ラオス、カンボジア、マレーシアと地続きに国境を接している。タイ・ミャンマー国境地帯で頻発する武力衝突、紛争が終結して何年も経た今も埋設された地雷が残るカンボジア国境、米同時多発テロ以降、仏教国タイにあって「イスラム」としてのアイデンティティを問い直すマレーシア国境のイスラム大学など、タイでは、取材を通して「国境」を意識することが多かった。 人、もの、情報が国境を行き来するとともに、人身売買や麻薬、HIVなど、まさに「人間の安全保障」の視点から脅威となる問題もまた、国境を越えていく。グローバル化の陰の側面を見る思いがした。国境を越える問題は、従来の、国家を単位とした捉え方だけでは輪郭が見えてこない。国境線をはさんで向き合う国々が抱える問題や、国境を渡る風の向きを見極めて、生活する人たちの今を、国境に立って伝えたい……タイ国境地帯を取材したいと考えたのは、そういう理由からだった。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。