魔法使いへの道

執筆者:梅田望夫2003年5月号

 三重県鈴鹿市長沢町「羽田製茶」の跡取り息子・羽田直樹(一九七一年生れ)には、少年時代に緑茶以外のものを飲んだ記憶がない。それは「お茶屋が茶を飲まなくてどうする」という父親の教育方針ゆえであった。 そんな環境で育った直樹にとって、高校を出たらすぐ家業を継ぐのがごくごく自然な選択肢だった。しかし高校時代に図書館で読んだウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』に衝撃を受け、プログラマーを自分の職業にしようと決心した。コンピュータは現代の魔術だ、そしてそれを自在に操るプログラマーはウィザード(魔法使い)に違いない、そう確信したからだった。「三十歳になったら長沢町に戻って家業を継ぐ」約束を父と交わし、直樹は十九歳で上京した。わがままを許してくれた親の負担をできるだけ軽くするため「入学金と四年間の授業料を合わせても百万円以下ですんだ」電気通信大学夜間部に入学し、昼間は大学の近くのソフト会社でフルタイムのアルバイトをして四年間を過ごした。そして、アメリカに関連会社があるという理由から、バイト先の一つを就職先に選んだ。長沢町から東京へ、そしてチャンスを見つけて渡米し、最終的にはシリコンバレーへというのが、直樹が描いた「ウィザードへの道」だったのだ。

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