[北京発]この原稿が掲載されるころには、世界各地で三千五百人近くが感染し、死者が百五十人に達しているかも知れない。 香港での感染爆発によって注目を集めた謎の新型肺炎「重症急性呼吸器症候群」(SARS)は、原因の特定や感染実態の把握に三カ月以上も手間取るうちに、航空路線を通じて世界に広がってしまった。隣接する広東省(中国)で始まった感染の情報を、中国政府がひた隠しにしたことが爆発的な感染を招いた。 旧暦の年明けから間もない今年二月、広州など広東省内で奇妙なトラブルが相次いだ。コメ、食用油ほか、食酢、そして漢方薬の一種でカゼの治療に使われる「板藍根」を求めて市民が商店に殺到したのだ。価格は一挙に数十倍から百倍に跳ね上がり、売り惜しみ防止のため政府が介入する事態となった。 騒ぎの引き金は、折から緊張を高めていたイラク情勢を前に「戦端が開かれれば、食糧供給がストップする」というデマだった。買占め、売り惜しみの心理が広がるなかで、すでに被害が広がっていた「非典型肺炎」こと、後にSARSと命名される未知の流行性肺炎を前にして不安心理に火がつき、漢方薬なども奪い合いの対象となったのだった。 ここでヒントとなるのは、酢を使った消毒や身近な漢方薬など、民間療法に近い手段に人々が助けを求めた点である。つまり、お上が事態をどう抑えようとしても、家族や同僚が相次いで三十八度以上の高熱を発し、激しい咳にのたうつ疫病に対し、病院の薬や治療が必ずしも有効でないことを経験的に人々は察知していたのだ。

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