有を無にする国の新型肺炎

執筆者:徳岡孝夫2003年6月号

 他人の不幸を喜ぶのは(とくにそれを口や態度に出すのは)はしたないことである。喜んでいないのに喜んだと誤解されるのは、もっとつまらない。だから、これは中国人民への同情から言うのだと断って書くが、あの新型肺炎SARSは、中国ならではの広まり方をした。政治が疫病の伝播を助けた。 なぜ誰も思い出さないか不思議だが、中国政府は前にもHIVウイルスの蔓延を隠した。一九八〇年代後半からほぼ十年の間、都合の悪い事実を隠蔽した。 その間、エイズ禍は農村を中心に猖獗をきわめた。原因は、政府が推進した献血・売血運動だった。都市の病院で必要な血を、貧しい農民から雀の涙ほどの現金と交換に買った。その注射器が汚れていた。中国政府が事実を認めたのは、外国まで飛び火し始めてからだった。 今度のSARSは、香港からベトナムに飛んだ上海生れ・アメリカ国籍の男がハノイで発症して入院、香港の病院に転院して死ぬという、ごく初期に国際的な感染をした。隠そうにも隠せなかった。シンガポールやカナダの死者・患者も、伝染経路がはっきりしていた。 中国内部でも北京に飛んだから、天安門広場がガラガラになるという歴然たる騒動になった。あれがもし外国人の少ない地方に伝染っていたら、きっと中国政府は隠しただろう。少なくとも甚しく内輪にしか言わなかったはずだと私は思う。あの国の政府は、江沢民時代から胡錦濤=温家宝の時代へと変わって若返ったが、体質はちっとも変わっていない。

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