『バカの壁』の成功が象徴するもの

執筆者:喜文康隆2003年10月号

「一般的な情報論の立場からいえば翻訳もまた創造的な情報であることはいうまでもない」(梅棹忠夫『情報論ノート』)     * 絶対に買うまいと思っていた本を二冊買ってしまった。一冊は養老孟司の『バカの壁』(新潮新書)。いま一つはP. F. ドラッカーの『ドラッカー名言集・経営の哲学』(ダイヤモンド社)である。 この二冊の本は、少なくとも私の定義では「著作」ではない。著作とは、自らの思想を自らの文章で表現するものである。表現する能力の欠落している人間がゴーストライターなどを使って本に仕上げるのならいざしらず、養老孟司もドラッカーも、それぞれの分野における碩学であり、同時に表現能力を備えた文章家でもある。 ところが『バカの壁』のまえがきで養老は、「これは私の話を、新潮社の編集部の人たちが文章化してくれた本です」と堂々と宣言する。また、ドラッカーも『経営の哲学』の著者まえがきで「本書もまた著者は私である。しかし本当の著者は、私の昔からの友人である上田惇生教授である。練達の経営者や経営の一年生のために、私の主な著作から経営についての言葉を選び、編集してくれたのが上田教授である」とある。『唯脳論』をバブル崩壊の年の一九九〇年に読んで以来、解剖学の最前線で死体と向き合いながら人間の脳と身体の関係を考え続けてきた養老の著作に、私は魅了されてきた。また、バブル崩壊前後から『会社という概念』『経済人の終わり』『産業人の未来』『マネジメント』などドラッカーの労作に接し、遅れてきたドラッカー主義者を任じてきた。こうした立場から言うならば、著者以外の手が入った、それも明らかに著者よりも劣った人々の手が入った著作は読む価値がない、と考えていた。

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