祇園祭りで元気をもらいました

執筆者:成毛眞2003年12月号

 春過ぎのこと、京都の悪友、徳力君が仕事帰りのエレベータ前でぽつりと、「そういえば今年の祇園祭りのお稚児さんに息子が選ばれたんや」という。ドアが閉まりそうなので慌てて、「ほいよ、見にいくね」とつい調子を合わせてしまった。悪い癖である。 このなんでも「ほいよ」と乗ってしまうのは子供のころからで、高校時代にはおだてられて「ほいよ」と生徒会長になり、制服自由化をした。本人は遊びのつもりだから、やるなら派手にと、新聞記者やカメラマンも呼んでストライキをしてみた。学校側からは制服自由化を認めると通告があったが、どうせやるならお祭りにしようと全生徒を体育館に集めて一日授業を受けなかった。 生まれ故郷の札幌は雪祭りやヨサコイソーランが有名だが、町じゅうがその準備をするようなものではない。お祭りはその都度自分達で作るしかなかったのだ。それゆえに祇園祭りや三社祭りには大いに興味があった。 ところで、祇園祭りはテレビのニュースでしか見たことがない。友人の息子がお稚児さんに選ばれたといわれても、その意味すら良くわからない。宵山の日、お気楽に家族で京都に出かけていった。友人の自宅にご挨拶に伺うと、いきなり「長刀」と染め抜かれた揃いの浴衣を着せられた。これから八坂神社に行くのでとりあえず車に乗れという。少し悪い予感がした。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。