イギリス大使公邸を厨房から支えた40年

執筆者:西川恵2004年2月号

 大使の料理人は神経の休まることのない職業である。世界の美食を知る舌の肥えた大使に仕えるだけでなく、大使公邸の評価は往々にして大使の人柄以上に料理で定まるところがあるからだ。「あの大使公邸は美味しい」「あそこはもう一つ」といった評判は口伝で外交団、政府高官の間にあっという間に広がる。 私が聞き及んでいる範囲で、英大使公邸の料理は「美味しい」といわれている三本の指に入る。その料理を四十年間にわたって支えてきたのが総料理長の畠山武光さん(六〇)である。仕えた大使は現在のゴマソール大使を含め十一人。一九七五年に来日したエリザベス女王をはじめ、チャールズ皇太子、故ダイアナ妃、それにサッチャー、メージャー、ブレアなどの歴代首相ももてなしている。 いうなれば、英国の対日外交を公邸の厨房で取り仕切ってきた畠山さんだが、一度だけ晴れやかな舞台に立った。昨年十一月末、四十年の貢献に対して英政府から名誉大英勲章MBEを授与されたのだ。英大使公邸で行なわれた勲章伝達式で、慣例に則り正装に刀剣をつけたゴマソール大使が「女王陛下の名において」と、うやうやしく勲章を胸につけた。畠山さんは「好きな釣りもほとんど出来ませんでした。夢中でやってきた四十年でした」と、トツトツと職人らしくスピーチをした。

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