星は何でも知っている?

執筆者:大野ゆり子2004年4月号

 ヒッチコックの作品に、食の世界で帝王のように君臨するレストラン批評家を主人公にした短編映画があった。その評価が客足に影響するため、店主たちはこぞって批評家に心づけを贈り、でっぷりと肥えた彼もそれに慣れっこになっている。ある日、彼はたまたま迷いこんだ路地裏の店で、至高のスープに出会う。ところがこの店主は、賛辞に感激するどころか、何の愛想もなく彼を追い返す。意地になった批評家は、何とかして至高のスープの秘密を探ろうと何回も店に通いつめ、ダシの食材を教えないと悪い批評を書くと店主を脅す。追い詰められた店主は、しぶしぶと批評家を厨房にある等身大の冷凍庫の前に案内する。好奇心に満ちて冷凍庫の中身を見た批評家の表情が恐怖に変わった瞬間、重い扉が不吉な音をたてて閉じられた。 何十年も前に見た映画だが、最近フランスで起きているレストランと批評家のあり方をめぐる論争を読むうち、突然、記憶から蘇ってきた。昨年二月末、ブルゴーニュにあるミシュランの格付け三つ星レストランのカリスマシェフ、ベルナール・ロワゾー氏が、猟銃自殺を遂げた。一介の見習いとして業界入りした彼が、腕一本で世界的なシェフとなったサクセスストーリーは、日本でも『星に憑かれた男』という題で出版されている(ウィリアム・エチクソン著、青山出版社)。頂点を極めたかのように見えた氏の突然の自殺は、その直前に発表された「ゴー・ミヨー」という格付けガイドの評価が下がったことと因果関係があるのではないかと言われる。ポール・ボキューズ氏も「ゴー・ミヨーが彼を殺した」と公言、行き過ぎたレストラン格付けに対して非難が集中した。

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