景気回復が囃され始めた。原動力は製造業の復調で、薄型大画面TVやDVDレコーダーなどデジタル家電の貢献が大きいという。 我が世の春を久々に謳歌しているのは、一度はIT革命に乗り遅れた国内電機大手。松下電器や東芝、日立、パイオニアといったメーカーの製品が売れ筋商品として量販店を派手に飾っているのを見るたび、次の一節が頭をよぎる。「日本経済のポテンシャルは高い。(中略)製造技術もまだまだ優れている。その点で松下電器がMCAの売却を決めたことは賞賛に値する。日本の企業にソフトビジネスは無理だと言っているのではない。松下は、優秀なハードメーカーでもハリウッドの映画スタジオを経営する資質はなかったことを認めてバブル時代の誤りを否定し、メーカーとしての自覚を新たにした。これは、現実的で健全な勇気ある判断だということだ」「フォーサイト」一九九五年第四号掲載の記事「総崩れになった『日本の神話』」の一部で、筆者は日本ウォッチャーとして評価の高いピーター・タスカ氏だ。 一九九〇年に米国の映画・音楽メジャー、MCAを傘下に収めた松下だが、運営には苦しみ、結局五年足らずでカナダのシーグラムに経営権を売り渡した。買収当時、国内には「マネシタ電器がまたソニーの真似をした」「“門真(大阪)の松下”にハリウッドが御せるのか」といった否定的な観測が多く、結局手放した折には「それ見たことか」という冷笑が広がった。松下の決断を、ものづくりに集中する覚悟の表明と読んだのは、タスカ氏くらいだった。

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