一変した「意思決定」メカニズム

執筆者:田勢康弘2004年7月号

小泉政権三年二カ月の間に、日本政治の何が変わったのか。それは、主要な政策が決まるプロセスそのものだ。「春は名のみの……」という歌の文句がぴったりする風の冷たい夜だった。三年前の三月、東京・赤坂の小料理屋の四畳半ほどの小上がり。私の目の前には日頃蒼白な顔を酒でほんのり赤く染めた小泉純一郎がいた。周りには数人の自民党森派の政治家。空になった徳利が何本か横になっていたが、誰一人酔っていない。みな引きつったような表情で、さながら出陣前の天幕の中もかくや、という風情であった。「しばらくだね」「どうも。今日はまた何ですか」 この夜、私は別の席にいた。その相手に無理矢理連れて来られたら、そこに小泉がいたのである。この夜のことはまるで昨夜のことのように正確に記憶している。宴の途中で紛れ込んだ私の座布団には、焼いた柳鰈の尾や頭の骨がこぼれたままになっていた。「実はね、仮に、という話なのだが、森さん(喜朗)が退陣という可能性も否定できないような状況になってきた。もし、そうなった場合、総裁選になる。そのとき、俺に立つべし、という仲間、ここにいるのはそういう人たちだが、絶対勝てないからやめとけ、という人もいる」

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