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現在までの総コメント数:12件
何らか誤解につながるかもしれませんが,,,
 物理は閉鎖系を分析していって,閉鎖に破れがなければ最終的には基本原理通りに再現性が取れるはずです.一方,生物は開放系ですから,再現をとることはなかなか難しい面があって,何らかの定常状態を再現して実験するように努力はするのだろうけど,再現が難しい場合もあるのではないかと推測します.
 グレーゾーンがあるかないかも,件の内容が何らかの物理原則に基づいた演繹的に予測できる帰結なのか,現象の発見により帰納的思考が始まった段階なのか,などによっても違うのではないでしょうか.一気に理論が樹立されて帰納と演繹がぐるぐる回って検証し,結論までしっかり到達できる研究であれば何も問題ないかと思いますが,そうでない場合もあるのではないでしょうか.
 一刀両断しても良い場合もあるかとは思いますが,学問の進歩が目的であるなら,先端基礎研究は人間がよくわかっていないこともあるんだという留保が少しは無いと,なかなか前に進みづらくなりませんか?一方,応用研究では別の側面が顔を出しますね.工業的に応用するなら人の命がかかっていたりしますから.確実に手堅く行きたいでしょうね.この場合,グレーゾーンはなるべく許容したくないですね.
 ひとたび信用を無くすと,門外漢やよくわかっていない人たちのステレオタイプ的言論で一刀両断され,身動きの取れない状態になるのですね.オープンにして,ちゃんとした議論をするなら良いのですが,オープンにすると無茶苦茶になるからクローズドにするのも長期的にはよろしくないですね.どうしたらよいものやら.原発とSTAPなど不幸な展開を辿る科学技術的話題が後を絶たないですね.科学と社会の結合の仕方に様々な問題がありそうです.情報伝達という意味でも,科学の人間社会での適用という意味でも,科学と社会をどう結合するのが理想か,考える時期に来ているように思います.国力が低下してからでは遅いですからね.
記事:深刻さ増す「国内消費低迷」の犯人 2017年08月22日23時45分
消費税を0%にしたら,景気は相当に良くなると思いますよ.煩雑な事務作業も減るでしょうし.買い物するときにいちいち邪魔になりますね.財源はどうするんだという声が聞こえてきそうですが,景気が良くなれば税収はあとからついてくると思いますよ.消費税収の半分を使って,国が全国の空き家やマンションをだんだん買い集めたり,各自治体の第3セクターやリートに出資して大家業をやったら,財政再建にならないだろうか.景気が悪くなってドカンと落ちた時にたくさん買い集め,どんどん増やしたら,財政再建など問題でなくなるので,消費税はだんだん徴収する必要がなくなる.夢物語だろうか.
→必要なようすですね. に訂正します.失礼いたしました.
 改正論議の前に国会政党政治のあり方に注油しないと、党議拘束に従うだけで思考しない議員にまともな憲法議論は期待できないですか。議員は本来政党の兵隊ではないですね。政治制度設計、法律、哲学、心理学いろんな専門家にも入ってもらって、憲法議論が正しい道をすすめるように地ならしが必要なようすね.
 明らかにいつものお得意の言葉による闘争です.南沙諸島に着々と滑走路を作っているようですが,国際海洋法上,不当な領有権であることがはっきりした以上,言語闘争だけではなく,中国には何らかの行動が求められます.
 日本としても単に法の支配は大事だと主張するだけでなく,各国に南沙諸島の南シナ海航行の自由軍の共同駐留などを根回しして,最終的に提案してみたらどうだろうか?中国は日本が南沙諸島に関わることについて非常に神経質に反発するだろうが,南シナ海の航行の自由は日本にとっても核心的利益である.中国が日本に引けというのであれば,お前のコピー新幹線の輸出を1000年間自制すると約束しろとでも言っておけば良いのではないか.言葉による闘争であるから,中国が約束しようがしまいが信用できないとして日本は関与する.一方で,「中国の埋め立ては立派な国際貢献だ.国際部隊が駐留する場所をよくぞ作ってくれた」などと別の人が言って中国のメンツを立ててやり,中国も含むできるだけたくさんの国の海軍で集結&共同演習後,駐留を開始し,中国海軍の実効支配を停止させる.もちろん尖閣の守りはガッチリしておかないと油断もへったくれもないですね.中国の領土拡張主義は茶番であるとしておかないと安心して眠れません.ことさら劇場化を扇動することが必ずしも外交上良いとは言えないとは思いますが,動きが出てきているわけですから,しっかり戦略的な外交をしていただきたいと思います.習近平さんは中国国内でもこのところだいぶ横暴のようですから,意外に脆いのでは?
この事件ほど科学界とそれを構成する人々について考えさせられたことは私はこれまでありませんでした.様々な事情に翻弄された当事者の方々には一種の敬意すら感じますが,これほど奇妙なことが散見された事件もないでしょう.
まず,教育課程にある学生のレポートでコピペは教育上ダメでしょう.博士論文の審査は早稲田大学もしくは審査官の責任で,本人の責任ではないでしょう.仮に早稲田大学が責任をとるのであれば,博士論文の不備を見逃したことと(→学位撤回?),本人に対して博士の学位を授与した状態にあったことの双方について早稲田大学と指導教員が責任を取る必要があるでしょう.一方で,本人がコピペを繰り返していたということが明らかになるとこれは本人の信用には跳ね返るでしょうが,研究論文で提案されたアイディアそのものの価値には関係が無いでしょう.誰が微に入り細を穿ったこんな詳細な調査を短期間でしたのかもポイントですが,これは匿名性が守られているようですね.科学的な研究成果は公知ですからそれを使って論を展開するのは論文では許されていると思います.引用がないのであれば,それは一種の不親切ということで,その論文を理解できる人が減るかもしれないというリスクを著者が犯しているだけの話でしょう.極端な話,Newtonの運動方程式を今どきの研究論文で誰が引用するでしょうか?
 小保方氏が「まだ教育されてしかるべき未熟な若い研究者」であるか,もしくは小保方氏を「まだ教育されてしかるべき未熟な若い研究者」として公に取り扱っておきたい権威のある方々が居るのであれば,今回の動きは合点がいきます.AKBNさんご指摘の特許もポイントで,筆頭はバカンティ先生のようですが,こちらについては取り下げ話やバッシングは無いのですね.実験ノートも権威のある先生方が持論を展開されていますが,実験ノートがきちんとつけられていれば真実が伝えられていると確信できるのですか?もちろん実験ノートを研究室の学生さんに指導していただくのは結構です.しかし,はじめから悪意を持って実験ノートをつけていたら,どうなるんでしょう?実験ノートをつけよと指導する時には性善説に立ち,小保方氏に実験ノートを見せろという時には個人的に性悪説立っているように見え,一種のダブルスタンダードを体現した話のようにも思えます(もちろんそれ相応の疑念が生じたようだということではありますが.).研究機関で実験ノートを管理するなんて話もありますが,まるで研究機関当局が科学界の専制君主になろうというような話で,ちっとも感心しません.(もっとも一部の人にとってこれはとてもよいチャンス!だとは思います.)
 注目される結果であるのですから,世界中の科学者たちの検証を待つ気の長さも必要でしょう.一方で,政治は短期に物事を判断しますから,あまり長期的に構えていては理研にお金は来ないでしょう.さらに,科学的なエビデンスは論文を投稿した雑誌に提出すべきもので,記者会見でことさら取り扱うものではないでしょう.所詮,証拠なんてキリのないものですし,小保方氏の表情,仕草から真実性,もしくは演技が公開された記者会見で窺い知れればその目的は達したことになります.もちろんミスをしたのは良いことではないですが,記者会見で小保方氏が公に自らの意見を発信する権利はあるでしょう.あれだけ言われっぱなしなのですから.それが正しいかどうか証拠の検証は投稿雑誌,学術界を中心に科学的な検証が取り扱う問題です.
 記者会見で「悪意」とは何か?という質問が出ましたが,これには小保方氏も詰まってしまいました.シンプルながら哲学的な質問ではありますが,「人を欺こうとする明確な意図を持った行為」を言うのか,「知りながら言わないことを無作為に繰り返す」ような一種の「良心の欠如」も含むのか,なかなか難しい問いかけでした.同様に「ミスを繰り返す」といったことをどう捉えるのかといったことも考えると,結局それは本人が「知っていたのか」「どんな意識であったのか」といった本人しか知り得ないですし,場合によっては無意識的な部分に沈降していく問題です.そもそも小保方氏の論文に対して,細かな間違い等等が次々に指摘はされましたが,科学的な反証と自らの論文を持って小保方氏の論文に立ち向かった科学者がこれまで出てきていないことも,事態の異様さを強調しているように思います.現時点である人が再現実験をちょこっとやってみたけど出来なかったという類のことは,その再現実験がダメなのか小保方氏の論文がおかしいのか,いずれかを示す根拠にはなりません.ある人が再現実験を失敗したと書いて,だから小保方論文が駄目であるかのような淡い考えを持つ人は,科学的な論理を理解していないようにすら見えます.否定形を科学的に証明するのは原理的に非常に困難です.また,再現実験の論文だって小保方氏の論文のように厳しい視線にさらされて普遍性を求めて淘汰されるべきものです.小保方氏の論文に瑕疵があるのであれば,正確なerrataを投稿誌に出して前に進めばいいじゃないかと思います.これまでerrataが出された論文なんて探せば腐るほとあるのではないですか?仮説だって一定の根拠を示しながらどんどん論文にしたら良いのです.
小保方氏の記者会見後,小保方氏の真実性を感じた世論によろめいたのか,共著者の偉い先生方から小保方博士を理解する旨の発言が相次いだことも,彼らの生き様が垣間見れたように思い,興味深く拝見いたしました.科学界というものの人間臭さ,政治臭さと日本における科学とその成果および知見といったものに対する認識の歪みも感じられた事件でした.駆け出しの研究者が偉い先生方を差し置いてすごいことかもしれない発見をした時,今後もこういったことが繰り返されるのでしょうか?現代の科学界も本当に性善説で構成されているのでしょうか.結局何が本当なのか短期的には簡単にはわからない問題について,すぐに白黒つけようとしているようで,とても奇妙であることは確かですし,最終的に何が本当なのか皆さんが知りたがっていることも,理研の実験ノートが売り切れたことも確かです.
 投票に行く気の全くない人に判断できないものを無理やり投票させても本当にろくな結果にはならないでしょうか?一方で関心の低さから導かれる全体的な投票率の低さや若い人の投票率の低さは問題です.政治的な意思決定が30年後のビジョンも含めて提示され,若い人も納得しているから,もっと政府はお金を使って,借金を増やしても良いとか,いや若い人はそれらにノーを突きつけているから,国の将来的な借金を減らす方向に導くのかとかいった長期的なことが,選挙で一向にジャッジされているように見えない.明日の電気の話は少しは出てましたが,これもあやふや.政治に直接利害のある人たち,およびその取り巻きは関心が多いでしょうから,おらが村の投票にそりゃ行くでしょう.全体の投票率を一度90%近くまで上げて選挙をしてみたいものです.どんな結果がでるのでしょうか?
 選挙で投票したら国家のために大切な意思表示のひとつを果たしたことになるから,所得税が半分還付されるとかしたら,ものすごい投票率になって,政治家も真っ青の結果が待っているのか?そんなインセンティブは不純で民主主義の神聖なプロセスを汚し歪めるものであるのか.だけど投票に行かない人から税金を倍とるというのもありかもしれません.将来の借金は減らせるわけですし,みんなが税金を払うことに汲々とするような経済的に危機的な状況では投票率が上がりそうなものですが,いかがでしょうか?
 低い投票率をキープすることが政権を維持するための良い方策に実はなっていたなんてことにならないようにしないと,民主主義が正常に働かないようになってしまうでしょう.低投票率は民主主義国家の国家的な課題として取り組みが必要ではないでしょうか?

 今の投票に行かない若い人が年取ったらいったいどんな選挙風景になるのでしょうか?相変わらず無関心かもしれない.選挙なんかめんどくさいから専制君主をみんなが望み崇める時代が来るのか?報道にコントロールされた勝ち馬に乗る形だけの選挙なのか.はたまた中華大帝国に飲み込まれているのか?とにかく投票に行かせて考えさせるところから始めないと大変なことになるのでは?  ちょっと煽り過ぎですかね...
指導者に求められるものは何か?
本稿の指導者の手足を縛る権力闘争との指摘は正鵠を得たものであると考えます.しかもリーダーを替えることにより大きく何かが変わる見通しを示さずにお前が替われば何とでも変わるとだけ叫んで,権力闘争を繰り広げる政治にはあきれ果てます.菅さんの肩を全面的に持つつもりもないですが,自民党や公明党は仕事をやらせたらうまくやる指導者に仕事をやらせてしまうと,自分たちが成果を挙げた状態で選挙にのぞめなくなるから,何が何でもその前に手足を縛ってこっちに政権をよこせとか,もしくはその前段を整えろといってわめいているように見えます.震災の復興に注力するときに何をしているのでしょうか?政権構造の組換えが政治を前進させるとの主張は国会議員の非常に不誠実な姿勢を感じさせます.今は震災復興に関する建設的な提案と行動,これからの日本の目指すものを示すことのみが求められるときですが,それらが示されているようには到底見えない.
 本稿指摘の負のリーダーシップ幻想はそのような雰囲気を醸成したマスコミに大きな責任があります.思考のレベルが低く,先を見通す視点で報道ができていない.従って,読者や視聴者の国民も目先の瞬間風速だけで白黒つけてちょっとでも違ったらハイダメーと言ってみせる報道に影響される.一方でその背後にある権力闘争がもくろむものについては頬かむりして報道しない.これでは暗澹たる気持ちになります.マスコミが利害関係者の期待をけじめをつけずに織り込みすぎではないでしょうか?
 原発情報のパターナリズムについては東電,政府共に大いに改善してもらわないと困りますし,正確な情報をきちっと提供することは非常に大事です.今の時代様々なネット
ワーク機器で情報がとってこれますから,政府はあらゆる文脈で想定される危機に関して,情報を提供する専門の組織を動かして,速やかに情報を提供し,判断は現場にまかせるという姿勢は「自己責任の原則」に沿ったものであり,海外でも通用する自己判断力を日本人に醸成する意味で非常に重要です.近年,公園の遊具に関してまで,危ない状態で放置したから怪我をした,自治体の責任だ,という論調がありますが,私は危ない状態であることを遊ぶ前に判断できない子供も悪いと思います.蜂の巣が下がったブランコをゆすって蜂に刺された子供(私のことですが, , , )はそこから学べば良いのです.すべての池に柵を張り巡らせる必要は全くないどころか,脆弱な国民気質の醸成に手を貸しているとすら思えます.要するに重大な利害が発生する事象を政府の上層部が数々の情報の中から判断して,必要に応じて速やかに国民に提供できる体制に集中することが必要ですし,マスコミにおいては事態の重要性を適切に判断し,全体の流れの中で不必要な問題点のお姑根性丸出しの指摘や悪者探しにいそしむことは慎んでいただきたいと思います.

利害関係者と意思決定
 仕事をしていて疑問に思うこと:それはある立場に置かれた時は誰それに迷惑がかかるからこれは検討してはいけないとか,スポンサーに不利になることをしてはいけないといった発言を聞いたとき.もちろん基本的に人様に迷惑をかけずに生きることは重要ですが,個人が考える権利,議論,検討する権利を自主的に放棄するほどスポンサーなり利害関係者に気を使って(配慮して)意思決定をする必要があるのでしょうか.
 利害関係者に配慮する必要があるから,こうしなければならない,こうする必要があるといった考えを披瀝する人は,暗にその人が現在携わっている仕事の周囲の利害関係を熟知しているぞということを周囲に対して主張しています.その結果周囲はこの人をなんとなく尊重しなくてはならないと感じ,遠慮してなんとなくその場の雰囲気で意思決定がなされます.日本でまことによくある風景ではないでしょうか?しかし,残念なことに熟知しているはずの利害関係が非常に狭い範囲で閉鎖的なものであった場合,結果として社会全体に対してたいへんな迷惑がかかる場合があります.今回の原発の事故で起こったことはまさに同じことで,この記事の趣旨もそういったところを問うているのだと思います.以上の意味において非常に有益な記事であると考えます.
 取り返しのつかないことが起こってみて,閉鎖的な利害関係者に関する知見を披瀝して仕事をしてきた人と周囲の止められなかった人たち,誰が悪いのかは?そんなことは目先の話はどうでもよいとすら私には思えます.むしろ,なぜこのような問題が日本において発生しやすいのか,私たちは今立ち止まって考える必要があります.もちろん今前線で原発の対策に奔走されている方々のことは知っての上での話です.
 私は根源的な問題は目の前の利害関係者だけに配慮する力ではなく,自分の立場を超えた大きな文脈で事をとらえて考える力が私たち日本人に不足していることにあると考えています.日本人は育っていく過程で非常に画一性の高い教育を受けています.それは広く一定の知識をもった人を育てるという意味においては一定の成果をあげていますが,真に考えて問題を見つけ出し大きな文脈において解決する力を教育の過程でどの程度育てているのか,疑問に思う場面に出会うことが多々あります.とにかく丸暗記せよと教室で叫ぶ一部の教員が良い見本です.人と同じであれば周囲に迷惑をかけないという思考は日本において典型的です.学生はなんらかの小さな理由で理不尽だと思いながらも,先生と違う意見を主張したら卒業できないかもしれないと考えて,「ハイ!先生!」と言っておとなしくしています.残念ながらそういう情景がそれなりに名の通った大学でも展開されているのが日本の現状です.そのような環境で育った学生はその場で自らが置かれた環境を超えて想像力を働かせて考える機会はほとんどないと言って良いでしょう.それで社会に出て,ある者は電力会社に,あるものはマスコミに,また国家公務員として勤めるのです.その彼らが目先の利害で関係者調整を行い,現在の問題に至ったのでしょう.先の大戦の敗戦からも学べなかった課題がここにあると私も思います.原発反対と言って感情的に拒否していれば済む話でもありません.様々な文脈からあらゆることを検討して,適切な解を見出さねばなりません.見出した解を国民に広く伝えるのは,政治家の役目であり,マスコミの大事な役目です.国会議員は利害関係者の選挙民に過度な気を使い配慮をすることなく,高い見識で意思決定をする必要があります.選挙民も政治家が自分に直接的に益をもたらすかどうかではなく,高い見識で国会議員が仕事を遂行したかどうかで判断すべきです.また,国会議員の誰それに対する献金が法律の条文に照らして不適切だったと騒ぐことで,他のもっと大事なことを国民に知らしめる機会を喪失しているとしたら,そのマスコミは大きな文脈を見失っており,全体として害の方が多いかもしれません(近年そういう報道が極端に多いのではなかろうか?).
 目先の利害関係に関係なく本当の問題に気がつく人は日本の社会にとって迷惑だとすら思われかねないのが今の日本の社会だとしたら,それは変えていかねばなりません.末端の優れた工場の技術を生かすためにも,原発事故の最前線で放射線を浴びながら奮闘している作業員に報いるためにも,マスコミ,政治,官,学はありったけの考える力を動員して,あらゆる文脈から構造的な問題をあぶり出し,意思決定をして事にあたる必要があると考えます.
 高い学歴を持ち,社会の要衝に座る人に問われているのは,詳細な一円単位の帳簿を誤りなくまた怠りなくつけてきたかどうかではなく,大きな文脈で広く日本のための判断ができるかどうかが問われるべきです.最近のマスコミが政治家について高い見識に基づいた判断力を問うているように感じることができないことも,さらに今ここで暗い気持ちになる大きな理由の一つです.
 しかし,しっかりと考えれば必ず正しい方向性が見出せるはずです.希望を失わずにしっかり現実を見て考えて前へ進むことが今我々には必要と思います.以上の考えにおいて本稿の趣旨は賛同すべきことが多いように感じました.

 
記事:社会保障に「乗っ取られる」来年度予算 2010年10月05日10時51分
国の将来のために
基本的に税金は国の将来のために投入するべきだと思います.その税金の使い方が国の将来に資するかどうか判断することは,そんなに難しいことでしょうか.本稿は社会保障関係費に関する「根本的かつ大局的な観点」を提供するものであり,興味深く読ませていただきました.企業が将来の技術革新のために資金を投入するよりも,その企業の退職者のためにより多くの資金を投じるようになっているとしたら,その企業の将来はどうなるでしょうか?明るいとはとても言えないと思います.国とて同じことです.しかし,退職後の年金などのありかたはこれまで長年働いてきた人の一生における働き方,価値観を反映するものであるがゆえに,政治的には非常に動きずらいのが現状だと思います.そこで次に必要になると思われるのが根本的かつ大局的な観点に関する議論の積み上げです.近年,権力闘争に選挙に右往左往する議員を見るにつけ,この人たちが大局的な観点をどれだけきちっと提示できるのか,非常に心配してみています.政治家と官僚は,大局的な観点をしっかり提示し,さらにそれを裏付けるデータを積み上げる作業に邁進していただきたいと思います.大局的な観点に関する現実のデータに基づいた討議は,その人の哲学が反映されるはずです.選挙はそれからでも良いではないですか.それから,政治家,官僚に加えて,世論を形成することに非常に重要な役割を担っているマスコミについて,くだらない支持率調査で毎週人の揚げ足をとるくらいなら,世の中に埋もれている貴重な大局的な観点を発掘してきて広く世の中に紹介することにもう少し努力していただきたい.(そういう意味ではForesightはGood!!)ここでも,瑣末な事象に心を奪われ,大局的な観点が持てない病が露見しています.最近の尖閣諸島海域における事件に関する対応をみていても同じことが言えます.本質的に日米安全保障条約は日本が米国の核の傘の下で繁栄を享受するシステムであり,台湾,沖縄,韓国,本州のラインで米国が中国を封じ込める最前線に我々がいることを政府の要人までいつから理解できなくなったのでしょうか?(そういう意味では,菅直人は中国にすりよった鳩山の被害者なんですかね?)日本は現在,全世界に向けて「自分で自分の立場がわかっていない何がしたいのかよくわからない国」であると発信しています.このままでは米国にも相手にされず,中国からも見下されかねません.自分は核の傘の下に入って経済繁栄を享受し,「非核三原則」が高邁な思想であるかのように唱える日本人は世界の中で相当奇異に映るはずです.(全世界の核廃絶を目標に唱えるのならいけるのでは? これは佐藤栄作がとった方便を国内的に今も引きずっているのが問題だとも言えます.)エコカー減税も,言葉づらから「ちょっと良いことのためにお得にお金を使う」という気分で車を購入した人が大半で「車を買うお金のある人には税金を使って金をやるよ」という状況であることの意味を考えた人,指摘したマスコミは少なかったように思います.マスコミはエコカー減税の経済効果に関する不正確な実況中継のみ.いずれにしましても,今の日本の全体に欠けているのは大局的な観点であり,社会の至るところで大局観に欠けた議論や行動がまかり通っているのは非常に心配です.本稿のような大局的な観点に基づいた記事,またそれらをサポートする正確なデータなども記事にしていただけますと,非常に勉強になります.
記事:社会保障に「乗っ取られる」来年度予算 2010年10月05日00時14分
国の将来のために
税金は国の将来のために広い意味で役立つかどうかで,投入先を決めたらよいものと思います.その判断は現実にはそんなにも難しいのでしょうか?尖閣諸島における事件において,政府が「中国の積極防衛の推進と米国の東アジアにおけるプレゼンスのせめぎあい」という大局的な見地を見失っていることを内外に露呈したのと同様に,様々な問題において大きな文脈が見落とされたまま空騒ぎをしている状況が,日本の社会の様々な局面で最近特に増加しているように思い心配です.本稿は社会保障関係費に関して,大局的な観点を提供するものとして,非常に興味深く読ませていただきました.中国との関係で大局を見失えば,日本は中国からも米国からも相手にされない国になってしまいかねません.日米安保が本質的に米国の核の傘の下で安全に経済的繁栄を追求するシステムであることを忘れて行動すれば,日本は「自分で自分の置かれた立場がわかってない国」ということで,蔑まれかねません.このような大局を考えた議論をどれだけ今の国会議員がたくさんの人と重ねているのか,政局や権力闘争で右往左往する議員を見るにつけ,心もとない気がしてなりません.社会保障関係費に関しては,おそらく個々の保障費はそれぞれミクロな理由があるのでしょうが,国の将来の発展のためという大局的な見地に立ってどれだけその理由が優先的に正当化できるのか,議論していったら良いのではないでしょうか?政治家にも官僚にもそれぞれの立場から大局観と知恵が求められていると思います.それから,政治家や官僚を批評する立場のマスコミにも世論の形成に寄与する観点から,くだらないアンケート式支持率調査で,目先の情報を右から左へ流し,人さまの一挙手一投足について揚げ足をとるのではなく(そんな評判は放っておいても自然に人々の間で消化されます.),国の将来のためにこういうことが発案されて,それが実行に移されつつあるというような,優れた大局観を発掘して世に知らしめる努力をもう少し重ねていただきたいと思います.
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