米国−パキスタン関係の悪化は日本にとっても死活的な問題

執筆者:渡部恒雄 2011年6月20日
エリア: 北米

5月に行なわれたパキスタン潜伏中のオサマ・ビンラディンの殺害は様々な反響を呼んだが、こうして1カ月半がたってみると、もっともその影響が強くでたのは、米国−パキスタン関係の悪化といっていいだろう。この部屋で先に足立正彦さんが報告しているように、米国内の経済が期待よりも伸びず、雇用も良くならなかったため、オバマ大統領がビンラディン殺害で稼いだ支持率は、すでに元に戻ってしまっている。

実際、戦略国際問題研究所(CSIS)のアンソニー・コーデスマン、バーク戦略チェアーは、ビンラディンの死の直後の分析で、米国がパキスタン政府と共同ではなくビンラディン捕捉作戦を行なったことで、パキスタンとの関係が悪化することを懸念していた。

当時を振り返ってみよう。5月8日、オバマ大統領は、ビンラディンが過去6年間アボタバードの隠れ家に潜伏していたことに関して、パキスタン国内に「何らかの支援のネットワークがあった」との見方を示し、政府内部の者が関係したかは今後調査する必要があると述べた。ゲーツ国防長官も5月18日、「パキスタン内で誰かがビンラディンの隠れ家を知っていただろう」としながらも、同時に「パキスタンの政府のリーダーがこれを知っていたかは証拠がない」と述べた。

米軍撤退後のアフガニスタンに自国の影響を残すため、あるいはライバル国であるインドへの対抗のために、パキスタン政府がタリバン指導者を匿っているのではないかと、おそらく米国は疑っている。一方、パキスタン政府はビンラディンの隠れ家について、設置にも管理にも関与しなかったと主張しているし、米軍の作戦がパキスタン政府への事前の連絡なしに行なわれたことを、パキスタンに対する主権の侵害と批判している。

6月16日付のワシントンポスト紙の「Pakistan-U.S. security relationship at lowest point since 2001, officials say」を読むと、米国とパキスタンの関係の悪化はかなり深刻な状況にあることがわかる。5月にパキスタン軍のキヤニ参謀長は、反米感情が強い軍の部下からの要請によって、公開会議のようなものを開き、なぜ米軍との協力が必要かを説明しなくてはならない状況に追い込まれたようだ。キヤニ参謀長は、情報機関のISIの元長官で、米国側との関係が深い人物と認識されており、反米感情の強い部下からは、疑惑と攻撃の対象となるのだろう。それにしても、軍の規律が厳しく上官への服従が絶対というパキスタン軍の文化の中で、日本の戦前の陸軍のような「下克上」的な雰囲気がでてくることは、かなり異例のことらしい。それだけパキスタンの中で反米感情が強くなっている証拠と受け止められている。

しかも同記事によれば、ビンラディンの隠れ家を突き止めるためにCIAに協力したと思われるパキスタン人が、米側に拘束されるという事態が起こっており、パキスタン内ではさらに米国への不満が高まっているようだ。最近になり、パキスタン軍は、米軍のアフガニスタンのタリバンへの無人機による攻撃を止めるよう要求を強めているが、6月15日も、アフガニスタンとの国境に近いパキスタンのワジリスタンで、米軍の無人機が2回のミサイル攻撃を行ない、武装勢力メンバー少なくとも8人が死亡した。これは、パキスタン内の反米感情を大いに刺激していることだろう。

おそらく情報機関のISIを含むパキスタン政府は、アフガニスタン内のタリバンや過激派との関係維持も、巨額の軍事援助を受けている米国との関係維持も、両方とも必要と考えているだろう。また、米国もアフガニスタンでの作戦遂行と撤退のためには、パキスタンの協力が不可欠と考えている。このような事情を考えれば、米国とパキスタンは決裂を避け、協力を続けていくのが、双方の国益にかなうはずである。しかし、それ以上の反米感情がパキスタン内に育っているのも事実である。この点で、これまで経済援助で築き上げてきた日本とパキスタンの関係が重要性を増してきている。

すでに中国は、孤立しつつあるパキスタンとの関係強化で、戦略目標を達成しようとしている。パキスタンのムフタル国防相によれば、ギラニ首相が中国を訪問した際、国内のグワダル港の運営と、同港での海軍基地の建設などを中国当局に要請したらしい。中国側はこの事実を否定しているが、インド洋の要衛であるグワダル港の中国の軍港化は、地域バランスに大きな影響を与える。この動きには、パキスタンへの軍事援助を見直そうという米国内の動きへの牽制という要素もあるだろうが、中東からインド洋、マラッカ海峡を通るシーレーンに、エネルギー輸入を依存している日本にとっては極めて死活的な問題だ。日本にとって、米国とパキスタンの関係悪化が他人事ではないことが理解できるだろう。

(渡部恒雄)

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執筆者プロフィール
渡部恒雄(わたなべつねお) わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員。1963年生まれ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月に笹川平和財団に転じ、2017年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』、『2021年以後の世界秩序 ー国際情勢を読む20のアングルー』など。最新刊に『防衛外交とは何か: 平時における軍事力の役割』(共著)がある。
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