やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲 (5)

泡だらけ伝授

執筆者:阿川佐和子 2018年3月4日
エリア: 日本
 「いいか、レンコンは穴、ビールは泡が旨いんだ」

 

 昨年暮れ、連続テレビドラマ『陸王』が放送を終了した。夏の終わりに降って湧いたような出演依頼を受けてから、怒濤のごとき4カ月あまりの撮影期間を終えてみれば、あっという間だったような、日々が格闘だったような、しかし私にとって間違いなく新鮮かつ充実した2017年の下半期であった。
 60代を半ばにしてこれほどの新入生気分を味わえる場所がまだあったのか。ベテラン役者の方々やプロデューサー、監督にはもちろんのこと、私の息子娘であってもおかしくない年頃のスタッフに、どこで叱られるか、どこで呆れられるかとビクビクしつつ、たまに「よかったですよ」なんて褒められようものなら目頭がウルウルするほど喜んで、あとは密やかに自らの短い台詞をボソボソ口ずさみながらセットの裏をうろつきまわる。次に起こる展開も、あちらこちらで交わされる専門用語のキャッチボールも、どこに待機していれば邪魔にならないかも何もわからず戸惑うことだらけ。
 「俺のワリボン持って来て!」
 誰かの叫ぶ声に驚き、
 「ワリボン? ってなに?」
 いつも優しいヤス(内村遥さん演じる安田)のそばに歩み寄って小声で訊ねると、
 「カメラ割りが書き込まれているから『割り本』っていうんですけど、それのことです」
 ヤスが指さす先は私の手元である。
 「ああ、これのことか」
 自分が握っている当日分の台本にそんな名前がついていることすら、1カ月近く撮影が進むまで知らなかった。
 「すいません、あけみさん(私の役名)、ちょっとだけ八百屋にしてください」
 長テーブルを挟んで8人ほどが飲み食いしているシーンを撮影するときのこと。カメラマンから声をかけられた。
 「八百屋……?」と私は首を傾げる。ここは居酒屋のはずだけど。
 「いやいや、少しテーブルから離れて座ってくださいという意味です」
 全員の顔を重なることなくカメラに収めるには、カメラから近い順に身体を退かせ、演者をハの字に並ばせる必要がある。その恰好が八百屋の店先に似ているため、そういう呼称がついたらしい。
 「あ、なるほどなるほど。これくらい下がればいいですか」
 「はい、オッケーでーす」
 横浜市緑山にあるスタジオに設えられた『そらまめ』という名の居酒屋は、まるでそのまま営業しても成り立つのではないかと思うほど立派なものだった。壁には堂々たる墨文字の額が飾られて、店の奥の囲炉裏からは煙も上がっている。劇中にて行田市の老舗足袋屋「こはぜ屋」従業員がなにかにつけて集うのは、いつも決まって小上がりの長テーブルだった。そのテーブルにはいつも本物の料理がたくさん並んでいた。枝豆、玉子焼き、魚の干物、刺身、鶏の唐揚げ、行田名物ゼリーフライ(おからコロッケ)など、熱々出来たてとはいかないが、つまんでみればどれもなかなかの美味である。こういう料理を用意するスタッフも大変だ。せっかくご用意くださったのに食べないのは申し訳ないではないか。一度、台詞を言いながら魚の干物をちぎろうとして、なかなかちぎれないので焦るうち、「カット!」がかかり、「あけみさん、干物はやめて、枝豆あたりでお願いします」と指示が飛んできた。以来できるだけ、つまむのならば枝豆と観念していたが、「はい、撮影終了」と言われ、『そらまめ』を辞さねばならなくなっても料理に未練が残った。
 正月新年会のシーンにて、その日は豪勢にも鯛のお刺身が盛られた。相変わらず枝豆だけ(枝豆もおいしいけれど)つまんで撮影を終えたのち、「この鯛、もったいないね」「お、コリッコリしてる、旨い!」「え、やだ、私も食べる!」と、出演者一同にわかに盛り上がり、なかなかテーブルを離れなかったこともある。
 料理はさておき、酒類ばかりは本物というわけにいかない。銘々のグラスに注がれるのはアルコールゼロのビールである。今はこういう便利なビールがあるからいいけれど、昔のドラマや映画でビールを飲むシーンのときはどうしていたのだろう。サイダーに色をつけたところでビールのような泡を出すのは難しい。もしかして本物のお酒を使ったのか。そんなことを思いつつ、しかし実際は、リハーサルや本番撮影を何度も繰り返すうち、せっかく泡の立っていたビールもすっかり茶色いサイダーの風情となる。ビール係のアシスタント嬢ができるだけ撮影寸前にグラスに注いでくれるのだが、いざカメラが回る頃には泡はすっかり消えたあと。心なし寂しい。
 ビールは泡が命と言っていたのは父である。
 「いいか、レンコンは穴、ビールは泡が旨いんだ」
 父にビールを注ぐとき、必ず言われるのが、
 「泡をたくさん。ほら、もっと立てるんだ!」
 そう教育されて育った私は自らがお酒を飲めない時分から、ビール瓶を思い切り傾けて、勢いよく注ぐことに専念した。
 そういえば父は私がビールを注ぐとき、「泡を立てろ」と同じほど、「ケツ上げろ!」と言ったものである。これは落語に起源がある。
 父は志ん生の語る『らくだ』が好きだった。長屋に『らくだ』というあだ名の男が住んでいた。あるとき兄貴分の男が訪ねていくと死んでいた。死んだ『らくだ』を葬ってやろうと兄貴分は思い立つ。ついては食べものや酒を集めてこい。たまたま通りかかった屑屋の久六が巻き込まれ、さんざんな思いをした末に(その経緯が面白いのだがこの場は割愛)ようやく酒を手に入れる。『らくだ』の仏様を隣りにして、「よく働いてくれた。まあ、おめえもいっぱい飲んでいけ」
 兄貴分に盃をすすめられた久六は「いえ、こちとら酒はダメなんです。だいいちまだ仕事の途中ですし」
 「そんなこと言わずに1杯ぐらい飲め。俺の盃が受け取れねえってのか」
 すごまれてしかたなく1杯。そしてもう1杯。杯を重ねるうち、
 「おい、注げよ」
 一転、久六が兄貴分にすごみ出す。
 「おめえ、酒はダメだって言ってたくせに。だいいち仕事に行かなくていいのか?」
 「つべこべ言わずに注げってんでい。ほら、ケツ上げろ、ケツ! てめえのケツじゃねえんだい、徳利のケツでい」
 この台詞、父はいたく気に入って、ウチでもしじゅう使っていた。おかげで娘も口癖になる。ビールのときだけでなく、日本酒などを父のお猪口に注いだあと、「まあ、お前も飲めよ」と父が徳利を持ち上げる。すると私は自分のお猪口を手に持って、言い返すのだ。
 「おい、ケツ上げろケツ、てめえのケツじゃねえんだい、徳利のケツでい」
 このときばかりは娘の生意気な口の利き方に父は機嫌を損ねることがなかった。
 そんな習性が身についていたせいだ。大学のコンパにて先輩にビールを注ぐ場面が訪れたので、私は元気よくビール瓶を手に先輩のそばへ寄っていった。
 「はい、どうぞ」
 ビール瓶のケツを上げ、勢いよく注いだところ、たちまち怒られたのである。
 「なんだ、その下品な注ぎ方は!」
 「いや、ビールは泡が命だと……」
 「そんなに泡を立てるもんじゃない!」
 世間に出ると父の教えはときどき通用しない。そのとき社会の常識を初めて知る場合もあるが、ビールの注ぎ方に関して先輩諸氏の言い分はどうにも承服できなかった。大学の先輩のみならず、仕事仲間の飲み会でも何度となく殿方に叱られた。
 「もっと静かに注ぎなさい。しとやかさが足りない」
 どうして私がビールを注ぐとき、みなさんグラスを傾けるのか。傾けられると泡が立ちにくいではないか。心の中で不満に思ったが、また叱られるといけないので黙っておいた。
 そしてあるとき、妹尾河童さんから正しいビールの注ぎ方を教えられた。
 「ビール瓶をグラスの近くに寄せて、少しずつ注ぎながら、しだいにグラスから離す。どんどん瓶を高い位置に持ち上げて。こぼさないように細く細く。まもなくグラスは泡でいっぱいになる。ここでしばらく待つ。泡がだんだん弾けてビールと泡の割合が4対1くらいになるまで待つ。粗い『カニ泡』がすっかり消えて、ソフトクリームのようなきめの細かい泡だけが残る。そのときもう一度、今度はグラスの縁からそおっとビールを注ぐ。泡がグラスよりはるか上まで盛り上がっても、ソフトクリームのような泡はこぼれない。で、グラスに口を近づけて、泡を避けるようにビールを飲む。どうだい、味が違うだろ?」
 この方法で注いでみせたら父はたいそう喜んだ。以来、父はビールを飲もうとするたび、私を呼びつけるようになった。
 「おい、サワコ、ビールを注いでくれ。お前に注いでもらうと旨いんだ。お前は本当に上手だなあ」
 生涯で、父が私のすることを褒めてくれた回数は限りなく少ないけれど、私が作った切り干し大根と、私が注ぐビールに関してはいつも無条件に褒めてくれた。
 セットの居酒屋『そらまめ』にて、あるときカメラの位置の調整などが理由で演じる者たちが長テーブルに座ったまま、待つことになった。しばらく時間がかかりそうだ。ふと、となりに座った「こはぜ屋」の息子、大ちゃんこと山﨑賢人君に小声で囁きかけてみる。
 「ね、ビールのおいしい注ぎ方、知ってる?」
 「いえ、知りません」
 山﨑君が瞬時に目を輝かせた。私は得意になる。「あのね」とさっそくビール瓶を手に持ち、彼のグラス目がけて傾ける。少しずつ高く高く、グラスから離して遠くから。たちまちグラスが泡で満たされる。
 「え、泡だらけですけど」
 驚く山﨑君にニッコリ微笑みかけ、
 「ここからですね、泡がだんだん消えていくのを待つの。ほら、だんだん粗い泡がなくなっていくでしょ。もうちょっと待ってね」
 長テーブルに並ぶ他の出演者の視線もこちらに集まってきた。
 「もう少し。あと少し。でね……」
 あと数秒待てばというところで、
 「では撮影を再開します。用意……スタート!」
 最後のクライマックスを迎える寸前にて、ビールは山﨑君の口に運ばれ、そして居酒屋シーンは終了した。
 私は『そらまめ』セットをあとにしながら山﨑君に語りかけた。
 「今度、またね。時間があるときにでも」
 おいしいビールの注ぎ方をもっと若い人々に知らしめたい。その熱い気持ちは多々なれど、ただ一つの難点がここにある。それは、粗い泡が消えるまで、しばらく待たなければならないことだ。「しばし待つ」という事実を知ったとたん、たいがいの人の興味はカニ泡のごとく消えていく。みんなビールは一刻も早く飲みたいのである。私は早く山﨑君に教えたい。若者が「お、旨いっすね!」と喜ぶ顔を見てみたい。その日を迎えるまで、私はじっと待つ。

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執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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