やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲 (6)

母の味

執筆者:阿川佐和子 2018年4月7日
エリア: 日本
「ねえ、クリームコロッケ、作ろうよ。私も一緒に作るから」

 

 齢90になる母は、数年前から記憶力の低下が表れ始め、徐々に子供返りをするようになった。基本的に母は実家にいて、旧知のご夫婦に泊まり込みで面倒を見てもらったり、デイサービスに通ったりして過ごしているのだが、週末はきょうだい持ち回りで母のケアをする約束になっている。2週に1度ほどの割で私の家に連れてくると、日暮れとともに、母はそれが決まりごとかのごとく、ガラス戸を開けてサッシの端をごそごそ探り出す。
 「なにしてるの?」
 私が問うと、
 「雨戸しめなきゃいけないでしょ?」
 「雨戸はないの。ここ、マンションだから」
 「あら、そうだったの?」
 いったんは納得し、おぼつかぬ足取りで定位置としている椅子に戻る。が、5分もたたないうちにまた立ち上がり、ガラス戸に向かう。
 「どうしたの?」
 私が問うと、母はまた、
 「いえね、雨戸をしめようと思って」
 「雨戸はないの!」
 「でも雨戸しめないと。もう夜だし」
 「だから、ここはマンションだから雨戸はないのよ。あ、ま、ど、は、な、い、の!」
 私はメモ用紙を持ち出して、そこにマジックで大きく書く。
 「雨戸はないの!」
 耳の遠い母に語りかけようとすると、どうしても大声になる。叱責調過ぎてもいけないと思い、女の子がニッコリ笑ってその文字を指さす絵を添える。すると、
 「あら、可愛いわね。へえ、このウチ、雨戸ないの? へんなウチ」
 そう言うと、とぼとぼとまた定位置に戻るのである。
 育児経験のない私は今、よちよち歩きの幼い子供を抱える母親の心境だ。目を離すと何を始めるかわからない。どこで転ぶか、何を見つけ出してどこへ仕舞い込んでしまうか油断がならない。母の脳みそが何に刺激され、どう動き出すのか予測できないことだらけである。
 でも、元はといえば私の母である。子供返りをしながらも、母という自覚が頭のどこかに残っているはずだ。その認識をときどき呼び覚ますことも大切ではないか。
 私はたまに疲れ切ったふりをしてみる。
 「ああ、もうクタクタだあ」
 よろよろとソファに倒れ込む。すると母が、
 「具合悪いの? 寝てなさい」
 心配顔をして、横になった私に何かをかけようとするのだが、適当なものが見当たらない。ようやく見つけた膝掛けを私の身体にかぶせ、
 「しばらく寝てなさい。あんた、働き過ぎなのよ」
 私は内心、シメシメと思う。ついでに息も絶え絶えな声を装い、
 「母さん、晩ご飯、作ってくれない?」
 すると母が目をきょろりと見開いて、驚く。
 「晩ご飯? 私が?」
 「そう、作ってよ。昔は作ってくれたじゃない」
 うーんと1つ唸ってから、
 「その前にちょっと、お手洗い」
 わけのわからぬメロディを口ずさみながら母はよたよた歩き出し、お手洗いへ向かう。これはいい兆候だ。意欲が出た証拠だぞ。
 まもなく居間に戻ってきた母は、相変わらず意味不明なメロディを口ずさみつつ、台所へ向かうかと思いきや、よたよたと、一直線に定位置の椅子を目指し、平然と座り込む。そして安堵したようにテレビのリモコンを操作し始めるのだ。
 「もう母さんったら、晩ご飯作ってくれるんじゃなかったの?」
 問い詰めると母は、キョトンとした顔で、
 「ん? 晩ご飯? 私が作るの?」
 初めて聞いたような驚きの声をあげ、それからうーんと唸ったのち、
 「明日にする。今日は疲れちゃいました」

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執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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