やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲 (7)

日々まめまめしく

執筆者:阿川佐和子 2018年4月30日
「レンズ豆ってどうやって料理するの?」

 

 ファッションデザイナー島田順子さんの東京のお宅(普段はパリ在住)に招かれたとき、見た目も珍しい料理が供された。黒茶色をした米粒のようなつぶつぶが器にこんもりと盛られている。なんですかこれと問うと、
 「レンズ豆。なんでも好きなものと合わせてどうぞ」
 仰せに従ってスプーンで手元の取り皿に載せ、野菜サラダとともに、あるいは肉料理に添えて、はたまたパンにつけて口へ運ぶと、
 「あら、おいしい!」
 なんと申しましょうか、プツプツとした感触が楽しくて、しかし胃に重すぎることがなく、ちょっとした味のアクセントになる。豆と一緒に混ざっているのは、ニンジン? 玉ねぎ? あと、なんだろう。塩胡椒と何やらスパイスも効いているようだが、同時にほのかな甘みもある。さすがパリ仕込み。レンズ豆のサラダはパリの食卓では常備菜のようなものと聞く。おいしいおいしいと何度もおかわりをしていると、
 「でしょ? レンズ豆って何にでも合うのよ。カレーに入れてもいいし、スープに入れてもおいしいの」と島田さん。
 知らなかった。自分の作る料理素材の抽斗に、「レンズ豆」というアイテムはまったく存在していなかった。よし、今度、ウチでも作ってみよっと。
 ちなみに「レンズ豆」のレンズとは、カメラのレンズから来た命名かと思っていたら、逆だった。最初に作られた凸レンズが、この豆の扁平な形状に似ていることから、カメラや眼鏡につけるガラスを「レンズ」と呼ぶようになったとか。すべてウィキペディア情報にてご免。
 島田邸の晩餐からしばらくのち。行きつけのビストロのシェフに訊ねてみた。
 「レンズ豆ってどうやって料理するの?」
 「ああ、レンズ豆は簡単ですよ。前もって茹でておかなくてもいいから手間要らず」
 「茹でなくていいの?」
 「そうそう。ニンジンとセロリと玉ねぎを粗いみじん切りにして、水洗いしたレンズ豆と一緒に油で炒めて、そこへ鶏のスープをひたひたに入れてしばらく煮込めば出来上がり。味は塩胡椒でじゅうぶん」
 そうかそうか。簡単と聞いて、私の創作意欲は更に増す。思えば私は「簡単!」という言葉に弱い。人によっては「割安」とか「限定」とか「今だけ」という言葉にピクリと反応すると言うけれど、私はなんといっても「簡単!」に敏感である。どんなにおいしい料理でも「けっこう面倒くさいの」と言われるとたちまち萎える。作り方を説明されても、「ふんふん」と相づちを打つばかりで右から左へ抜けていく。しかし、レンズ豆は「簡単」なのだな。
 こうして私は、普段、あまり足を向けない洒落たスーパーに赴き、島田邸でいただいたものほど黒くない、緑色をしたレンズ豆(調理すると色が濃くなることをあとで知る)を購入し、さっそく作ってみることにした。
 まずレンズ豆を水洗いしてザルにあげておく。ニンジンとセロリと玉ねぎの粗みじん切り。ついでにリンゴも入れてみたらどうかしら。冬にいただいたリンゴが冷蔵庫の奥底でだいぶしなび始めた。このまま私を放置して、ゆくゆくは捨てるおつもりなんですね……。冷蔵庫を開けるたび、リンゴの恨めしそうな上目遣い(リンゴに目はないが)に胸を痛めていた。ジャムにしようと思いつつ、思いつつ、思いつつ、日が過ぎていく。どうしようかと思案していたところに、再生のチャンス到来である。しなびたリンゴの皮をむき、小さく切って待機させる。包丁で切った感覚は、間違いなくシャキシャキ感とはほど遠いものだったけれど、腐っているわけではない。レンズ豆や野菜と一緒に炒めてしまえば問題ないだろう。数日干したリンゴと思えばいい。
 さて、細かく切ったニンジン、セロリ、玉ねぎ、しなびたリンゴとレンズ豆を深めのフライパンに入れてオリーブオイルで炒める。ほどよく炒まった材料に、続いて材料がひたひたになるまでジョワーっと水を差し、そこへ鶏スープの粉末をパラパラパラ。鶏ガラスープを取って使えばもっとおいしいだろうが、ここは簡単を優先して。
 クツクツ煮立ち始めたレンズ豆スープ(状)を横目にしつつ、他に加えたらおいしそうなものがないかと棚を漁る。なにか適当なスパイスはなかったかしら。と思ったら、干しブドウが登場。おお、これもレンズ豆に合いそうだ。袋から取り出し、パラパラパラと鍋に放り込む。ああ、いい香りがしてきたぞ。スプーンですくってちょっと味見する。おっと塩胡椒をまだ加えていなかった。パラパラ。それにしてもこの味、何かを思い出す。と考えたところ、クリスマスのときに作るローストチキンのお腹に詰め込むスタッフィングと似ている。スタッフィングには野菜類の他に鶏レバーや栗も入れるが、それらがなくても同類の味わいがするのはなぜだろう。セロリや玉ねぎと鶏の風味、そこにリンゴや干しブドウの甘みが加わることで、こういう味になるのかもしれない。とすれば、次のクリスマスシーズンにローストチキンを作るとき、スタッフィングにレンズ豆を入れる手はあるぞ。料理はこうして幅を広げていくのであるな。
 豆が身体にいいとわかっていても、なかなか食する機会は少ない。子供の頃、祖母の家で昆布やひじきの混ざった煮豆をよく食べさせられ、豆料理は老人の献立だと思い込んでいた節がある。他に豆料理と言えば、正月に黒豆を食べる程度だろうか。豆ご飯は好きだけれど、数年に一度ぐらいしか作らない。納豆は豆だが、これは別格。さやいんげんやサヤエンドウなどのサヤつきも別格かな。夏になると頻繁に枝豆を食べる。ビールに枝豆、最高ですね。思えば案外、豆を食べているではないか。でも、ゴロゴロのお豆を調理して食卓に並べることはさほどないまま大人になった気がする。
 このたびのレンズ豆衝撃の前に豆料理に心惹かれたのは、はるか昔、アメリカでのことだった。
 テレビのニュース番組の仕事を辞めて1年間、ワシントンでのらくら生活するにあたり、お世話になったアメリカ人ご夫妻宅でごちそうになったときである。
 ちなみにその夫婦、料理を得意としているのはもっぱら旦那様のほうで、奥様はいつも隣で助手を務めていた。私が遊びに行くと、ご主人のジムがつなぎのジーンズにチェックのシャツという、アメリカ開拓時代のカウボーイのようないでたちでキッチンに立ち、寸胴鍋を木べらでかき混ぜながら、
 「ハーイ。よく来たね。ほら、もうすぐできるぞ。見てごらん」
 手招きされて、私はいそいそと鍋のそばへ走り寄る。いい匂いのする鍋を背伸びしながら覗き込むと、それは白インゲン豆と野菜と、肉などのゴロゴロ入った豆スープだった。
 「わおー、おいしそー」
 学校から帰った子供のように私は飛び跳ねる。するとジムは、それが合図かのように、
 「さてと。豆スープが完成するまで、いつものを飲むかい?」
 ジムと奥様のシャーリーンとのキッチンディナーで忘れられないのは、この豆スープと同時に教えてもらったマルティニの味である。ジムのマルティニは、いわゆるバーに出てくるような細長い足つきカクテルグラスを使わない。ドカンと厚手のガラスのコップで供される。しかもたっぷりの氷入り。ドライジンと少しのベルモットを混ぜて、最後にレモンの香りを振りかけるという、グラスも豪快なら作り方も豪快、そして飲む場所はいつもキッチンだ。「さあ、できたぞ。チン!」と立ったまま乾杯し、ギンギンに冷えたマルティニ・オン・ザ・ロックを口に運ぶときのしあわせなこと。ほろ酔い加減になった頃、いよいよ豆スープのお出ましだ。私とジムとシャーリーンは3人並んでキッチンのスツールに腰を下ろし、熱々のスープの器に顔を埋める。そのたび、私は絵本『3びきのくま』を思い出したものだ。その場にこぐまはいなかったけれど、私は巨大なジムお父さんくまと中くらいのシャーリーンお母さんくまに親切にもてなされる、道に迷った少女気分であった。
 あのスープにはいったい何が入っていただろう。トマト、ニンジン、セロリ、玉ねぎ、もちろん白インゲン豆……。あとはお肉が入っていた気がするのだが、それが豚肉だったような、でもどういう部位だったのかわからない。アメリカ滞在中、私はジムに訊ねたことがある。
 「ジムの豆スープの作り方を教えて」
 するとジムは意外にも、
 「これは極秘だ。誰にも教えない」
 案外、ケチなジムのせいで、私の豆スープへの憧憬は、その後どんどん膨らんで、今や生涯でもっともおいしかった豆スープはジムの豆スープだったと確信してやまない。
 余談であるが、そのアメリカでの生活を始めるにあたり、先方へのお土産に、はて何を持っていこうかと迷った。迷った末に、デパートの地下食料品街で見つけた「濡れ甘納豆」に決めた。いかにも和風で、日持ちがして、見た目に麗しく、そしてかさばらない。おお、ぴったりではないか。現地に着いてさっそく、私が通うことになったオフィスで知り合った若いアメリカ人女性の前に小さな包みを差し出した。
 「これ、日本からのスーベニア。日本の伝統的なスイーツです」
 するとその女性、キラキラ光る青い目を見開いて、
 「オー、サワコ! 嬉しい! ありがとう」
 大いに喜んで小さなプレゼントを大事そうに抱え、自らのデスクに戻っていった……まではよかったが、まもなくのち、彼女がいとも悲しそうな顔でその包みを持って再び私の前に現れた。いわく、
 「せっかくいただいたのに、ごめんなさい。これはどうしても食べられない。お豆が甘いなんて、アメリカ人には信じられないの」
 心底申し訳なさそうにではあったけれど、きっぱり突き返されたのである。驚いた。そしてそのとき私は初めて知った。そうか、アメリカ人にとって、豆が甘いという概念は「信じられない!」のか。豆スープしかり、チリビーンズしかり。甘い豆料理に馴染みがないのかもしれない。そう納得したのは今から30年近く昔のことで、その後の和食ブームや日本食の世界的進出のおかげで今のアメリカ人は餡子も黒豆も舌に馴染んでいるかもしれないが、とにかく当時はそうだった。
 さて、初めて作ったレンズ豆サラダは上出来であった。周囲からも賞賛の声が上がった。秘書アヤヤ、そして近年加わった同居人とも、「おいしいね。洒落ているね」と褒めてくれた。が、いくら食べてもなくならない。カレーに入れたり、グリーンサラダにまぶしたり、温め直してまた保存したり。昨晩もさりげなく小鉢に入れて、まめまめしく勧めてみたのだが、同居人はさらりと目をそらし、
 「あ、さっきたくさん食べた」
 ……ってことはもうじゅうぶんということらしい。やれやれ。私はレンズ豆君たちを小鉢からまた保存容器に戻す。……おいしいのにね。

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
クローズアップ
キャリア決済のお申し込み
フォーサイトのお申し込み
クローズアップ
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top