やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲(11)

デビルオムレツ

執筆者:阿川佐和子 2018年9月2日
「私が人生で初めて作った卵料理は『炒り玉子』であったと思う」
 

 デビルサンドなるものをいただいた。

 さるテレビ番組にて森山良子さんが自ら作って持ってきてくださった。
 「デビルサンド!?」
 名前を聞いて恐れおののく。どんなおぞましきサンドイッチが披露されるのか。しかし恐れおののいたのは束の間で、現れ出でたるはお皿いっぱいに並べられた黄色と白の色鮮やかな茹で玉子、茹で玉子、茹で玉子のオンパレードだ。薄いパンの間にぎゅう詰めにされた茹で玉子の満員電車を見るかのごとき光景である。
 聞けば1つのサンドイッチに卵を6個使うという。卵を茹で、皮をむき、つるんとした丸ごと玉子をパンの上に6個、並べる。別に作っておいたタルタルソースをその上からかけてパンで蓋をし、ラップに包み、包丁で2等分にすると、中の表面が鮮やかに現れるという具合だ……と思う。作ったことがないので細かいところは正確でないかもしれないが、とにかく見るも贅沢なサンドイッチである。そしてどう考えても高カロリーだ。
 「だから悪魔のサンドイッチって呼ぶのよ。名取裕子ちゃんに教えていただいたんだけど、ウチでも大好評でね」
 良子様の解説を伺いつつ、ラップに包まれたデビル君を1つ取り上げて、大口開けて頬張ると、確かに豊かな玉子感。しかもおいしい。が、2つ目に手を伸ばそうとするにはなかなか勇気を要する。なにしろ1つのサンドイッチに玉子を6個使っているのである。それを半分切りにしたとはいえ、一気に3個玉子を口に突っ込んだ計算になる。ということは、2つ食べたら、まさに玉子6個を胃袋へ投入することになるではないか。言っている意味、わかります? 血管年齢78歳(実年齢は64歳)と医者に告げられ、血圧もここ数年、高め安定をキープしている私としては、朝、目玉焼きを2つ食べるのすら躊躇している昨今である。ここで1度に玉子6個を制覇するのはいかんせん無謀というものだ。
 「でも、いっか、食べちゃおって気持になるんだな。そこがデビルの所以ってことかしら」
 私より少しばかり歳上であるはずの良子様がニコニコケロリとおっしゃるのを横目で見つつ、私は2つめに伸びかけた手をやんわり押しとどめた。デビルめ!
 私が作る玉子サンドは、全面タルタルソースタイプである。すなわち、茹で玉子を細かく砕いて、そこへ玉ねぎのみじん切りとピクルスを加え、塩胡椒、マヨネーズを混ぜてパンに挟む。
 このタルタル玉子サンドを片思いの君にささげた若き日の切ない思い出がある。幸か不幸か、それは2人だけのデートではなく、友達数人の海遊びの日であった。ゆらゆら揺れるヨットの上で、さて、そろそろお昼にしましょうと、私は持参したサンドイッチを皆の前に広げた。そして得意の玉子サンドを「どうぞ」と勧めると、女友達の1人が「わあ、ありがとう」と手を伸ばし、一口食べて、それからくぐもった声で私に囁いた。
 「アガワ、これ、ちゃんと玉ねぎの水切った?」
 「え?」
 指摘されて改めて見てみると、私の作った玉子サンドはやけにみずみずしい。というより、べちゃべちゃになっている。
 「水にさらした玉ねぎは、布巾でしっかり絞ってから混ぜなきゃダメよ」
 料理の先生のように私に駄目出しをした友達の、すぐ後ろで我が片思いの君は視線を海のはるか彼方へ向けて、聞こえないふりをしていた。そのあと彼が私の玉子サンドに手を伸ばしたかどうか、動揺しすぎて記憶にない。ただ、今でも玉子サンドを作ると、そっぽを向いたかの君の横顔が胸の痛みとともに蘇る……と書いて、今、蘇らせてみたが、もはや痛みはまったくないな。最近、ピクルスの代わりにラッキョウを刻んで入れるとおいしいことを知った。関係ないが。
 私が人生で初めて作った卵料理は「炒り玉子」であったと思う。小学生の頃、私の調理場はもっぱら石油ストーブの上だった。小さめの片手鍋に卵を1つ割り入れて、砂糖少々とお醤油タラタラ。よくかき混ぜてストーブの上に乗せ、割り箸を4、5本握って待機する。熱が鍋に伝わって、鍋底に接している卵液が少しずつ固まり始める。そこへ束ねた箸を突っ込み、一気にかき混ぜる。また待機。少し固まったらかき混ぜる。それを数回、繰り返す。しだいに液状の部分が減っていく。液状部分をどれくらい残して火から離すか。この見極めが難しい。火の上で「ちょうどいい頃合」と思うと、食べるときに固すぎる。まだ少し生っぽいかというあたりで火から離すのが適当だ。それを「余熱」の力というのだと、私は小学校2年生にして学んだ。
 ほどよく半熟に炒った玉子に、細かく刻んだキュウリと紅生姜、そして前夜の冷やご飯を混ぜて出来上がり。名付けて「炒り玉子ご飯」を考案したのは私である。もっともこれが家族に大好評だった覚えはなく、学校から戻り、小腹が空いたときなどに、自分で作って自分だけで食べていた。
 そういえば父はオムレツが好きだった。晩ご飯の途中で、その晩のおかずに物足りなさを感じたとき、父はよく言った。
 「おい、なんか食べるもんはないのか」
 「えー? 他にですか? そうねえ」
 母や私が冷蔵庫を覗き、めぼしきおかずを探していると、父が叫ぶ。
 「何もないならオムレツを作ってくれ。くれぐれもバターをケチってくれるなよ」
 母はやれやれという顔をして、冷蔵庫から卵を1つ取り出し、フライパンを火にかける。ボウルに割った卵を割り箸でかき混ぜながら塩を振りかけ、熱したフライパンの上に、これでもかとばかりにバターの大きなかたまりを置く。
 ときどき母に代わって私が作るときもあるが、オムレツに関しては、父は母の手によるものを欲しているとわかるので、あまり手出しはしないようにしていた。なにしろ母の作るオムレツは、娘の私が言うのもナンですが、なんともいえず美しい。さして特別なことをしているわけではない。ただ、1個の卵をフライパンでささっと焼いてひっくり返してまとめるだけである。それなのに、出来上がりを見ると、肌合いの揃ったきれいな卵色の表面、中はほどよく半熟状態で、かたちも大きさも、なぜか上品。
 私が作るとこうはいかない。雑味が出る。表面の色と固さにムラがある。オムレツの出来ごときで人の性格はわかるものだと、母のオムレツを見て思った。
 母の作ったオムレツが目の前に運ばれると父はこよなく嬉しそうに顔を緩め、その一かけらを箸で挟んでご飯の上に乗せ、口へ運ぶ。
 「ああ、うまい!」
 その声を聞き、だったら最初から今日のメインディッシュはプレーンオムレツだけでよかったのに、他の料理を作った労力は無駄だったのかと、母と私は顔を見合わせたものである。
 『アリス・B.トクラスの料理読本』という料理エッセイ本がある。以前、『スープ・オペラ』という小説を書くにあたり、参考にした。トクラスは生涯のほとんどをフランスで過ごしたアメリカ人作家である。彼女は同業者である女流作家のガートルード・スタインと長年一緒に暮らし、ヘミングウェイやピカソ、マティスらと親しく交流し、料理の腕にも長けていたらしい。そのトクラスの料理本にオムレツが載っていた。というより、他にも手の込んだ肉料理や魚料理が洒脱なエッセイとともにたくさん掲載されていたのだが、簡単に真似できそうなものが、オムレツだったので、目に留まったのである。ただしかし、そのオムレツのレシピが豪快だった。もはや手元にその本がなく(大事にしていた本に限って失くす)、詳細が定かでないが、数年前に書いた私の小説の中の一文を参照すると、どうやらこのオムレツの発明者はトクラス本人ではなく、当時親交のあった画家のピカビアだという。称して『フランシス・ピカビア風オムレツ』。
 「これをただのオムレツというなかれ。だって発明者はあのピカビアなのだから」
 トクラスの一文である。「あのピカビア」と書くほどだから、ピカビア自身、よほど「タダモノ」ではなかったことが推測される。生涯、幾度にも渡って画風を変貌させたピカビアは、後年、「描き続けるためには、狂人にならなければならない」と自ら宣言していたそうだから、そんな画家が考案したオムレツが、タダモノであるはずはないだろう。
 材料を見ると、卵8個にバター半ポンドとある。半ポンドといえば、おおよそ230グラムのことである。普段、家庭で使うバター1箱が200グラム。それより多い。その時点で私は仰天し、さらに興味が湧く。とりあえずレシピの半量分で作ってみようと意を固める。すなわち卵4個とバターを115グラム。それでもとんでもない量だ。
 まず卵4個をボウルに入れて攪拌する。塩、胡椒を施し、フライパンを火にかける。レシピによると、バターを少しずつ足しながら、30分かけてゆっくり焼くのだそうだ。そんなに時間をかけて、固くなりすぎないのか。疑問を抱きつつ、まずは熱せられたフライパンの上に少量のバターを溶かし、それから卵を流し込む。バターは半分? 3分の1? それとも全部? よくわからないので、3分の1ほど。時間をかけてじっくり焼くということは、弱火がいいのだろう。卵料理は何であれ、強火にかぎるという常識に、このオムレツは反している。フライパン一面に広がった卵の海がしだいに下から焼けてくる。その固まりかけたところと液体状の部分とを箸で混ぜる。続いてバターの次の3分の1ほどを加える。バターが卵の中で溶けていく。ふと、絵本『ちびくろ・さんぼ』のトラが溶けていく場面を思い出す。再び固まってきた頃合を見計らって箸で混ぜ、残りのバターを黄色い卵の中へ投入する。卵は固まり、バターは溶け、どうもこれを見る限り、バタースープに浮かぶ玉子焼きという様相だ。さて最後が肝心。フライパンを手に持って斜めにし、バターの染み込んだ玉子をひっくり返してオムレツのかたちに整えなければならない。と、整えるのはさほど難しくはないけれど、どう見ても、バターが玉子の端から溢れ出している。こんなことでいいのですか、ピカビアさん?
 そもそも私はバターが大好きだ。幼い頃、それこそ『ちびくろ・さんぼ』に衝撃を受け、あるとき母に頼んだことがあるぐらいだ。
 「バターのスープを作って!」
 母は笑って答えた。
 「そんなの、無理よ」
 おおいにがっかりした日の、それが縁側での会話だったことをはっきりと覚えている。それほどにバター好きの私でさえ、このオムレツの味には驚いた。驚いたというより、やや閉口した。ここまでバターを使わなくてもいいのではないか。ピカビアさんのみならず、アリス・B.トクラスもガートルード・スタインも、ピカソもヘミングウェイも、こんなオムレツをおいしいと、本当に思っていたのだろうか。常日頃、「バターをケチるなよ」と口癖のように言っていた父が、もしこのオムレツを食べたなら、はたしてなんと感想を述べたであろう。生前の父に1度食べさせてみたかった。

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
クローズアップ
comment:3
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
クローズアップ
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 最新コメント
  • 最新トピック
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順
back to top