やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲(12)

牛乳嫌い

執筆者:阿川佐和子 2018年10月7日
エリア: 日本
「何かと混ざると私にとって牛乳はこよなく魅力的なものになる」
 

 子供の頃から牛乳が苦手だった。飲めないわけではないけれど、大好きかと聞かれたら、今でも首を傾げて「うーん」と唸る。
 ウチの男兄弟は皆、牛乳好きで、晩ご飯のときに冷蔵庫から出してきて、おかずと一緒にグビグビ喉に流し込んでいた。晩ご飯のおかずに牛乳は合わないだろうに。兄弟に限らずそういうグビグビっ子はまわりに多かった気がする。そして牛乳好きの子供はおしなべて親に、「牛乳ばっかり飲まないで水を飲みなさい、水を!」と叱られていた。親にしてみれば牛乳代が心配だったのだろう。私はそんな兄弟や友達を眺めながらいつも考えた。あんなふうに牛乳をたくさん飲むから背が伸びるんだ。私の背が低い理由は、牛乳を飲まないせいにちがいない。
 実際、私は小さい頃から小さかった。学校で背の順に並ぶとき、前から3番目以降になったことがない。10代に伸び盛りを自覚した記憶が一度もない。寝ている間にギシギシと音を立てて骨が伸びるなんて経験もない。夏休みが終わるたび、小さい同士だったはずの友達が私の背丈を抜いていくのが悔しかった。なんでみんな、すくすく成長するの? なぜ私だけ小さいままなんだ? その理由はどうやら牛乳を飲まないせいらしいと薄々感じて胸が痛くなった。
 飲まなければ背が伸びない。だから飲もう。飲むぞ。飲んでやる。義務と思うとなおさら飲むのがつらくなる。牛乳瓶の口が自分の口に触れるたび、なんとも言えぬ牛乳臭を鼻に感じて、「これが嫌いなんだよね」と思ったものである。
 生の牛乳は嫌いなのに、牛乳を使った料理は好きである。マカロニグラタン、コーンスープ、ホワイトシチュー、マッシュポテト、クリームコロッケ……。ジャガイモの冷たいスープなんて、夏に限らず「飲みたい!」。ミルクトースト(パンをトーストしてバターを塗り、その上に砂糖と熱々に温めた牛乳をたっぷりかける、と以前にも書いたが)は風邪を引いたりしたとき無性に食べたくなる。
 デザートを作るに際し、牛乳がなかったらどんなに空しいことだろう。牛乳プリン、ブラマンジェ、杏仁豆腐、パンケーキ。すべて牛乳が欠かせない。
 中学2年生のとき、ミルクセーキを知った。原宿にあったアメリカンバーガーショップへ学校帰りにこっそり寄り道し、その店の名物になっていたミルクセーキを初めて口にして、なんてお洒落な飲み物があるのかと感動した。まもなく、誰に教わったのか忘れたが、作り方を入手。以来、ウチで頻繁に作るようになる。まず、卵を割り、卵黄と卵白に分ける。この「卵黄と卵白に分ける」という技を覚えたとき、少し大人になった気がした。生卵を右手で持ち、ボウルの角でこんこんと、ちょうど真ん中あたりを目指して割る。できた割れ目に親指を立て、注意深く左右に開く。たちまち中の白身がこぼれ出て、下に控えていたボウルの中に落ちる。そのとき、黄身を下へ落とさないよう殻で受け止める。続いて黄身の入っているほうの殻半分を斜めに傾け、黄身だけをもう片方の殻に移し、殻に残っていた白身をボウルへ落とす。これを何度か繰り返し、ボウルに白身だけを取り、黄身は小さな容器にて、ちょっと待っててね。
 これからが力仕事である。泡立て器を握り、卵白をメレンゲ状になるまで泡立てる。途中で腕が痛くなるとしばし休憩し、でもおいしいミルクセーキを飲むためにはしかたあるまいと、また力を振り絞る。いったいいつまでかき混ぜれば固まるのだろうかと心配になる頃、ドロンとした卵白が突如、軽くなる。そしてふわりとしたまっ白なメレンゲ状に変貌する。その瞬間はこよなく美しい。泡立て器にメレンゲがくっついて、ピンと先が立つほどの硬さになったら、待機させておいた卵黄と砂糖を投入する。みるみるメレンゲは光沢を放ち、薄黄色の羽布団のようになる。そこへバニラエッセンスを数滴、さらによく冷やした牛乳をたぽたぽたぽ。味見をし……、うん、上出来だね!
 「ミルクセーキ飲みたい。姉ちゃん、作ってよぉ」
 弟にせがまれるたび、
 「えー、めんどくさいよお。姉ちゃん、疲れてるんだから!」
 私は文句を言いつつ、台所へ向かう。あの頃、弟のために何度泡立て器を握ったことだろう。めんどくさいと思いながら作るのを厭わなかったのは、あのバニラエッセンスと卵と砂糖と牛乳の混ざった魅力的な香りがたまらなく好きだったからだろう。牛乳は嫌いなはずなのに。
 何かと混ざると私にとって牛乳はこよなく魅力的なものになる。たとえばミルクセーキやコーヒー牛乳や苺牛乳は、「これなら我慢して飲める」のではなくて、むしろ率先して飲みたい飲み物と化す。バナナミルク(バナナを輪切りにして牛乳に浸す)は、ときどき躊躇する。バナナジュースにその躊躇はない。
 思い出した。この話はもはや書いているので繰り返すに憚られるけれど、幼少の苦い記憶の1つに、苺事件なるものがある。
 たしか4歳の頃だった。家族でどこかへ出かけた帰り、苺をワンパックいただいた。父の運転する日野ルノーの後部座席に腰掛けて、私は膝に苺の包みを抱えていた。そして、呟いたのである。
 「この苺、生クリームで食べたいな」
 それより少し前、近所の阪田さんの奥様から手作りの苺のショートケーキをいただいた。その衝撃的なおいしさが記憶に鮮明だったからだ。当時、お菓子屋さんで売っているケーキはだいたいバタークリームでできていた。しかし阪田さんのショートケーキはクリームがふわふわで甘すぎず、いかにも手作り感のある粗い生地のスポンジとよく合って、たいそう新鮮な味がした。そのまっ白なクリームが、生クリームというものであると知り、以来、生クリームに憧れていたのである。牛乳ではなく、苺に生クリームをかけて食べたらどんなにおいしいことだろう。苺のパックを膝に載せ、私は妄想した。と、たちまち運転席から父の怒声が飛んできた。
 「なんだと?!」
 何ごとかと思った。
 「苺を生クリームで食べたいだと? なんという贅沢なことを言うんだ、え? だいたいお前の教育が悪いからこういう子供になるんだぞ」
 父の怒りの矛先は私に収まらず、母にまで及び、その夜は一家離散の危機も覚悟しかねないほどの悲惨な顛末と相成った。
 その後、バス通り沿いにある牛乳屋さんの前を通るたび、苺事件の恐怖が蘇った。店先でしばし足を止め、生クリームと牛乳を見比べる。たしか昭和30年代の半ばに牛乳1瓶が13円くらい、生クリームは50円か60円ぐらいしたと記憶する(定かでない)が、その値段を見届けたあと、私は再び歩き出す。そして自らに向かい、「贅沢は敵だ、贅沢は敵だ」と小さい声で諭すのであった。
 嫌いなはずの牛乳をおいしいと思う瞬間がまったくなかったわけではない。我々の小学生時代、給食には主に脱脂粉乳が配られた。もはや脱脂粉乳など知らない人のほうが多いと思われるけれど、戦後から十数年以内に小学生だった世代は、好き嫌いにかかわらず全員がこの洗礼を受けたはずである。
 大きな寸胴ポットに入れられた熱々の脱脂粉乳がアルミのカップに注がれて、その日のおかずとコッペパン(ときにビニール袋に入った食パン2、3枚)とともにお盆に並ぶ。「いただきます」の号令と同時に私は脱脂粉乳を一気に飲み干すことにしていた。冷めると不味さが増すからである。熱々のうちに飲み切ってしまえば、その臭みが軽減される。ところがこの作戦はまもなく裏目に出る。脱脂粉乳ノルマを果たしたのち、おかずを食べている最中に、担任の先生が机の間を巡回する。手には巨大ポットがぶら下がっている。そして先生が私の机のそばへ近づいてきたとき、恐ろしいことが起きるのだ。
 「お、アガワ君。君はよほど脱脂粉乳が好きなんだねえ。もう飲んじゃったのか。よし、もう1杯、特別サービスだ」
 「えーーーーーーーーー!」
 そして私は嫌いな脱脂粉乳をよりによって2杯も飲まされるハメとなる。
 そんな苦行が続くうち、月に1度ほどのペースで脱脂粉乳の代わりに牛乳が配られるようになった。生徒一同、拍手喝采の大喜びである。私はパンと牛乳を交互に口へ入れながら、牛乳ってなんておいしいのだろうかとしみじみ感慨に耽ったものである。
 それ以来、私は牛乳が好きになりました……という美談にあらず。学校で飲む牛乳はおいしいと思うのだが、家に帰ってくると積極的に飲む気にならないのは相変わらずであった。なぜか。家で脱脂粉乳を飲むことがないからだ。牛乳の有り難みがわからない。この意識の差に教訓があるとするならば、嫌いなものがあったら、その前に一定期間、もっと嫌いなものを食べておけば、嫌いでなくなるかもしれないということだ。
 そういえば、生まれて初めて好きになったカクテルも牛乳のカクテルだった。その名もカルーアミルク。コーヒー牛乳そっくりなのに、なんだかいい気分。ちょっと酔っ払っちゃったかしら。そのほどよい甘さ、かすかな苦味が癖になり、とうとうその黄色と赤のラベルも派手なコーヒーリキュールの大きな瓶を買ってきて、自宅で牛乳に垂らしてちょくちょく飲むようになったのは、20代の夏の思い出だ。
 先日、俳優の木下ほうかさんと初対面にて、「お酒は?」という話題になり、伺うところ、氏は25歳までお酒を飲めなかったが、カルーアミルクと出合ってすっかりはまり、以来、大の酒好きになってしまったという。
 「いや、今は甘いお酒なんてまったく興味ないですけどね」
 関西弁で釈明を重ねていらしたが、気持はわかる。カルーアミルクは危険である。甘いのでつい飲みすぎる。コーヒー牛乳のようなものだからと油断して、べろべろになった若い日の飲み会を思い出す。
 今でもたまに洒落たバーなんぞのカウンターに座るとき、
 「うーん、何にしようかなあ。ドライマルティーニが好きなんだけど……」
 心の中で自問する。すでにワインを飲んだあとなど、そこまでアルコール度の強いカクテルは避けたほうがいいだろう。と、続いて思い浮かぶのは、カルーアミルクである。我ながら極端だとは思うが、その2つ以外のカクテルをよく知らない。
 「じゃ、私、カルーアミルク……?」
 と言いかけて、おもむろにバーテンダー氏や同行諸氏を見回すと、なにやら共感を得ていない雰囲気。カワイコぶっちゃってと言わんばかりの視線を感じる。よし、もとい。でも、すでに口と胃はミルク系の方向に向いている。
 「じゃ、あれ、ほら。アイリッシュクリームを使ったカクテルで、お願いします」
 年相応に微調整したつもりだが、周囲はニンマリしたままである。
 「アガワさん、ミルクがよほどお好きなんですね」
 いや、そういうわけではないですけれどね。でももしかして私、牛乳が好きなのか?

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執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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