やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲(13)

2度遣い

執筆者:阿川佐和子 2018年11月3日
エリア: 日本
「私の子供時代にラップなんぞという便利なものは存在していなかった」
 

 私はラップを2度使いするオンナである。
 そんな話をテレビのバラエティ番組で他意なく披露したところ、
「えー、アガワさんって、1度使ったラップをもう1度、使うんですか?」
 司会者の声に「ものを大事にする人なんですねえ」といった賞賛の色合いはかけらも見当たらず、むしろ呆れ返ってものが言えぬとでも言いたそうな気配が濃厚である。一緒に出演していた若いタレント嬢に至っては、唖然を通り越したか、まさに苦虫をかみつぶしたごとき顔の歪め具合で私を凝視している。そんなに非難されるべきことか?
「でも、使い方によっては、たいして汚れていないこともあるじゃない?」
 私はやんわり反論する。ここでムキになっても大人気がなかろう。具体的な例をあげて話せば理解を得られるのではないか。
「たとえばね……」
 おかずを食べ残したとき、器の上にラップをかぶせて冷蔵庫に保存したとする。翌日、そのおかずを食べるため、ラップを取り去っても、おかずの汁や中身がラップに付着しているわけではない。ラップが触れたのは、器の外側上部だけである。剥がせば再びきれいな姿。ラップには汚れも疲弊も見られない。それでも念のために水で流し洗いをし、干しておく。乾いたら、流しの横のあたりにそっと置き、次の出番まで待機させるのだ。その後、新たな調理をしている途中で、レモンの切り残しを、あるいは刻みすぎた生姜やニンニクのみじん切りを冷蔵庫にしまおうと、ふと見渡せば、お、ここにラップがあったじゃないですかと、かくのごとく重宝するわけである。
が、そういう説明をしている横から、
「まさか洗って使うんですか? ないない、ありえなーい」
 手をがむしゃらに横振りし、私の意見を否定するタレント嬢。首を横に振って溜め息をつくお笑い芸人氏。どう見ても、私はアウェイの会場で闘う孤高のスポーツ選手と成り果てる。誰一人として同意してくれる者はいなかった。そして最後の一撃とばかりに司会者が私に告げる。
「そこまでケチって、いったいどんだけお金貯めるつもりですか?」
 たちまちガッハガッハとスタジオじゅうに笑い声が上がり、収録は終わった。
 まあ、所詮バラエティ番組である。笑われてナンボの世界だ。気にすることもあるまい。そう思って数週間、もはやラップの屈辱も私の頭から薄らいだと思いかけていた矢先、雑誌の取材を受けた。すかさず、
「アガワさん、ラップを2度使うって、本当ですか?」
 その雑誌取材の主旨はまったく別のところにあったはずなのに、最初の問いがこれである。はたまた別の会合で会った人には、
「テレビで見たけど、アガワさんってラップを2度も使うんだって? 嘘でしょ?」
 その後も、かの番組を「見た!」という人からは、「ラップ2度使い」の話ばかりされる。番組では他にも面白い話題を提供したと思うのだが、視聴者の記憶に残ったのは「ラップ」だけらしい。かつてこれほどまでに私の発言が周囲の驚愕の的になったことがあっただろうか。
「ありました、ありました」
 そう語るのは、長い付き合いになる編集者ヤギである。
「ブラジャー事件以来ですよ。ラップ2度使い発言は、それに勝るとも劣らぬ衝撃です!」
 自ら蒸し返したくはないけれど、かつてエッセイに書いたことがある。ブラジャーなんて毎日洗う必要はないだろうと友達に話したら、「じゃ、アガワはどれぐらいの頻度で洗うの?」と問われ、
「まあ、3週間に1度くらいかな」
 その場にいた5、6人の旧友女子が呆れてのけぞった……という顛末を書いてみたら、各方面から顰蹙を買った次第である。そのときのことをヤギは指摘している。
 念のために断っておくが、今は2週間に1度ぐらいは洗うよう心がけている。少し反省した。しかし、ラップについては妥協も反省もしない所存である。
 そもそもラップの気持になって考えてもらいたい。工場にて、芯にびっちり巻かれて長細い暗い箱に閉じ込められて幾星霜。ある日突然、箱が開き、光が差し込む。清潔な指先で端をつまみ上げられ、ロールがゴロゴロと動き出す。「じゃ、お先に!」「うん、頑張ってきてね、お兄ちゃん! 僕たちもすぐ後に続くから! 運が良ければまた冷蔵庫で会おう!」。ラップ家族と別れを告げ、勢いよくシュルンと引っ張り出されてシャッと切断されて、いよいよ長男ラップは自立の瞬間を迎えるのだ。よし、活躍するぞ。僕のお役目はいったいなんだろう。まもなく長男ラップは大きなボウルの上に貼り付けられる。下を見ると、マヨネーズで和えられたジャガイモ、玉ねぎ、キュウリ、茹で玉子、ニンジン、おお、リンゴ君もお揃いだ。そうか、僕はこの出来たてのポテトサラダをお守りするんだな。ガッテン承知いたしました。野菜の皆さん、お元気ですか。僕がここで膜を張っているかぎり、外部の雑菌や埃は侵入できません。もちろん虫の乱入も阻止します。お皿に移されるまで、どうか安心してお過ごしください。長男ラップはサラダ軍団に声をかけながら、内心でかすかに安堵している。よかった、電子レンジ行きじゃなくて……。
 生のとうもろこしやジャガイモを包んでレンジへ行けと指令されれば、それはそれで自らの使命と心得ている。生きて虜囚の辱めを受けることなかれの教えのごとく、1度、レンジの光線を浴びてしまえばヨレヨレクシャクシャになるのは自明の理。レンジから出たらそのままゴミ箱に直行する定めである。甘んじて受ける覚悟はできている。が、もしかして、できたおかずの蓋になったり、清潔な食材を包んだりする役割を与えられたとなれば、しばらくの冷蔵庫生活を過ごしたのち、また次のタスクを任される可能性がある。少なくともこの台所の主はそうやって、我々ラップ一族の生涯を、1度きりの使い捨てにしない主義だと聞いている。1度のみならず、2度、3度の出撃のチャンスを与えてくれるのだ。ああ、よかった。この台所で働けるなんて、僕はなんと幸せ者だろう。
と、私のラップは喜んでいるはずだ。いや、まちがいなく喜んでいるのですよ。
 そもそも私の子供時代にラップなんぞという便利なものは存在していなかった。そう思って軽く調べてみたところ、日本に家庭用ラップフィルムというものが発売されたのは、1960年頃だったそうな。しかし発売当初は値段が高い上に用途が判然とせず、売れ行きは芳しくなかったようだ。そのラップが全国的に浸透し、どの家庭にも常備されるようになったのは、冷蔵庫と、加えて電子レンジの普及によるところが大きいという。言われてみればそんな気もするが、よく覚えていない。いつのまにかラップは日常生活に不可欠な存在になっていた。
 ラップが登場する以前、炊いたご飯が余ったら冷凍にして保存しようという知恵はなかった。だからお釜に残ったご飯はいつも冷えていた。私はこの冷やご飯が案外好きで、今でも熱々のカレーには冷えたご飯のほうが合うと信じているし、冷やご飯に半熟の炒り玉子と刻んだキュウリ、そして紅生姜を混ぜて食べると、幼少の台所の記憶がたちまち蘇る。冷やご飯への思いが断ち切れず、電子ジャーを買っても長らく、「保温」スイッチは使うことがなかった。今では保温スイッチを使う間もなく、残ったご飯はラップに包んで冷凍庫へ放り込む。
 美容院へ行き、髪を染めてもらうと必ず登場するのがラップである。どうやらあれは家庭用ラップとは別商品らしいが、それにしても美容師さんが細長いラップの箱からシュルシュルとフィルムを引き出し、頭に巻いて、再びシュルシュル引き出し、頭に巻いて、もしかして1人に1箱使い切るのではないかという勢いで惜しげもなく消費する様子を見ていると、いつも私は思う。ラップがない時代、どうやって髪を染めていたんでしょうね。
 スーパーへ行き、あれやこれやと買い物をして帰ってくると、大量に出るのが包装用品のゴミである。昨今、スーパーでもエコバッグを推奨する動きや、レジ袋は不要と申告すれば2円ほど還元してくれるようになったが、それでも包装用品関連のゴミが減った実感はない。豆腐や糸こんにゃくを入れる薄いポリ袋やレジ袋は、スーパーから家に帰るまでのほんの数分間使っただけの袋類である。ゴミとは思えぬほどきれいなものばかり。それを私は小さく畳んで引き出しに入れる。すでに引き出しは満杯だが、無理やり押し込む。台所の引き出しのいくつかは、こうしたビニール袋やレジ袋や輪ゴムやリボンでいつも満杯だ。昔、食料品を買ってきたとき、こんなにゴミが出たかしらと、ふと思う。そういえば昔は野菜を新聞紙で包んでいたっけ。
 水と安全は無料と信じていた日本人は時を経て、水が無料でない生活に慣れるかわりに、ラップとティッシュはほとんど無料に近いと思い始めている節がある。今どきの人はなぜティッシュを1枚、2枚と連続取りするのか。私はあれが気に入らない。だから2枚取りする人を見かけると、
「1枚でじゅうぶんコトは足ります!」
 大声で叱りつけてやりたくなる。実際に叱ることはほとんどないけれど。
 先日、母がウチへ来て、ティッシュの2枚取りをした。私は仰天した。昭和初期の生まれの母が、いつから消費文化の僕と成り下がったのか。
「2枚も取るな! 1枚でいいでしょ!」
 叱りつけると母は肩をすぼめて、
「いいじゃない、ティッシュぐらい。ケチ!」
 私をケチ呼ばわりしおった。だから私のこの倹約精神は、母の教育の賜物ではないことが判明した。私自身の崇高なる哲学だ。
 話をラップに戻す。そういうわけでラップは私の中ではバンバン使ってよいものではないのである。でもまったく使わないわけにはいかない。こんな便利なものはないからだ。だからせめて、2度か3度は使った上で捨てようと思う。
「ラップを3度も使うこと、あるんですか?」
 編集者ヤギが私を揶揄しようと待ち構えている。
「ときにはね」
「じゃ、捨てるときの基準はなんですか」
「基準? そりゃ、洗っても汚れが落ちないとかヨレヨレになったとか、そういう段階かなあ」
「そんな段階じゃ、もはやラップの接着力はなくなってるでしょうに」
「接着力なくたって、生姜のカスぐらいは包めますよ」
「生姜のカスも取っておくんですか……」
 理解の歩み寄りはどうやら無理らしい。無用な問答はこのへんで終わりにして、私はとにかくラップは2度3度と使い続けて死ぬ。

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執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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