やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲 (23)

掟破り

執筆者:阿川佐和子 2019年8月31日
エリア: ヨーロッパ アジア
「サラダ・ニソワーズ、シルブプレ」

 

 久しぶりにサラダ・ニソワーズを作った。
 このサラダについては以前にも書いたので重複するところがあるかもしれないが、初めて知ったのは、大学時代に通っていた料理教室でのことだ。
 それまでポテトサラダと言えば、マヨネーズで和えたものしか食べたことがなかった私は、フレンチドレッシング味のポテトサラダの存在を知り、いっぺんに魅了された。
 とはいえ、マヨネーズ味のポテトサラダも捨てがたい。昔、あの手のポテトサラダは肉屋さんで売っていた。中学時代、学校の近くに肉屋さんがあり、いつも店頭にいい匂いを発散させた揚げたてコロッケが並んでいた。メンチコロッケとイモコロッケ。学校の帰り道、その肉屋さんのそばを通ると無視できなくなる。買い食い禁止は重々承知している。だからしずしずと、恐る恐る近づく。そして結局、悪魔の囁きに屈服し、友達と一緒にコロッケを買うはめとなる。コロッケが包まれるのを待つ間、目を横に移すと、白くておいしそうなポテトサラダがあるではないか。
 「これも、少しください」
 イモコロッケにポテトサラダ。同じジャガイモでもまったく別物だ。どちらもそそられる。思えばイモが好きな年頃であった。
 「百グラムぐらいでいいですか?」
 「あ、はい」
 セーラー服姿の私たちは、熱々コロッケの入った茶色い袋と、冷たいポテトサラダの入った袋の2つを鞄の後ろに隠し持ち、パン屋の前のベンチに座る。都電が来るのを待つためだ。
 待っている間、袋からいい香りが漂ってくる。「さあ、早く!」とコロッケが叫んでいる。もちろん最初は自制する。家に帰ってから食べよう。そう思っているのだが、都電がなかなか来ないからしかたない。しだいに手が袋に伸びる。中をちょこっとだけ覗いてみる。
 「今、食べたらぜったいおいしいよね」
 「今がいちばん、おいしいと思う」
 意見が一致したところで勢いよく袋の中に手を突っ込み、熱々コロッケを、視線を前に向けたままちぎり取り、人が見ていないことを確認した上で、大急ぎで口へ運ぶ。
 「おいしい!」
 「うん、おいしいね!」
 アダムとイブが禁断のリンゴに手を伸ばした気持がよくわかる。すると今度はアツアツ油味の残る口内を、さっぱり冷やしたくなる。もう1つの袋に手を伸ばし、またもや人目をはばかりつつ、ポテトサラダを指でつまみ、急いで口に運び入れるのであった。
 そのとき知った。ポテトサラダのおいしさは、じゃがいもの味もさることながら、合間にときたま現れるキュウリとハムとリンゴが絶妙なアクセントになっていることを。
 あの、「肉屋さんのポテトサラダ」の独特な味わいは、なぜかウチでは再現できない。庶民的ではあるけれど、あれぞプロの味というものか。
 というわけで、マヨネーズ味ポテトサラダはもちろん好きなのだが、サラダ・ニソワーズとの出会いは衝撃的だった。料理教室で習って以来、ずいぶん何度も作ったものである。そして作るたび、いつかニースを旅する機会があったら、本場ニースのサラダ・ニソワーズを味わってみたいと憧れた。
 その夢が叶ったのははるか後、じゅうぶんな大人になってからのことである。
 テレビの仕事でニースを訪ねたとき、私の個人的目標はなんといっても本場の味の検証であった。さっそく海岸にほど近い、テラスのお洒落なレストランに入り、昼食用に注文した。
 「サラダ・ニソワーズ、シルブプレ」
 まもなく白い大ぶりの皿に載って運ばれてきた。その中身に目をやって驚いた。なんか、違う。
 ジャガイモが入っていないのである。ニース風サラダにジャガイモが入っていないなんて、クリープを入れないコーヒーのようではないか(古い!)。そんなバカなことがあるものかと憤慨し、現地コーディネーターを務めてくださった女性に訊ねると、
 「ジャガイモ? そんなものは入れませんよ」
 そのにべのなさたるや。悲しくて涙が出そうになった。いやいや、これは彼女の個人的見解かもしれない。気を取り直して別の日に再びレストランにて、
 「サラダ・ニソワーズ、シルブプレ」
 運ばれてきた皿に、やはりジャガイモの姿はない。何度か繰り返した末、私は悟った。
 「ニースのサラダには、ゆで卵以外、火の通った野菜を入れてはならぬ」
 これがサラダ・ニソワーズの掟だったのだ。
 そんなニース風サラダがどこで誰にアレンジされて、「ポテトとアンチョビとツナの欠かせぬサラダ」に変身し、日本に渡ってきたのか知らないが、とにかく私は本場にて、真実の厳しさに直面したのであった。
 ついでにドレッシングであるが、ニースに限らず、イタリアやギリシャでも(ここまでは私の経験)、その他のヨーロッパ各国でも(これは人に聞いた話)、サラダを頼むと、ドレッシングがついてこない。かわりに運ばれてくるのは、オリーブオイルとビネガーの瓶、そして塩胡椒である。
 「これで勝手に調味してちょうだいね」
 そういうシステムになっているらしい。日本のレストランのように、「いやあ、あの店のドレッシングはおいしいねえ」なんて会話は成立しないのである。
 その点、日本のレストランは親切です。ホテルでビュッフェの朝ご飯を食べに行くたびに迷う。ドレッシングが何種類も並んでいるからだ。
 和風ドレッシング
 フレンチドレッシング
 イタリアンドレッシング
 ごまドレッシング
 サウザンアイランド
 野菜を載せた皿を片手に私はしばし考え込む。うーん、和風にするかな、いや、イタリアンも気になる。でもやっぱり王道のフレンチかしら。キュウリにはサウザンアイランドが合うしなあ。
 こうして私はたいていの場合、フレンチをタラタラッとかけて、端っこのキュウリの上にサウザンアイランドをちょこっと載せ、トマトには和風ドレッシングを載せるという複雑かつ欲深いサラダプレートを完成させる。しかし、テーブルについていざ、フォークを使って食べ始めると、どのドレッシングもすっかり混ざり合い、結局、どれがおいしかったかよくわからない始末となるのである。
 そもそもこんなにドレッシングの種類が豊富になったのは、ごく最近のことではないか。市販のドレッシングがさまざまな味を開発し、熾烈な競争を繰り返すうちに、これほどたくさんの種類が一般的になったのだと思われる。
 私が子供の頃、ドレッシングといえば、フレンチドレッシングぐらい……というか、そういう名前も知らなかった。ただ、油と酢と塩胡椒を調合し、よく混ぜ合わせて野菜に振りかける。そういうものだと思っていた。
 あるとき母が、どなたかに教えていただいたサラダの作り方をウチで取り入れるようになった。それは、サラダを入れる大きめの深い鉢の内側に、ニンニクのかけらを擦りつける。動きが悪い場合は少量の水にニンニクを浸せば塗りやすくなる。そこへ、乱切りにしたキュウリとトマト、サラダ菜などを放り込み、上からオイルをタラタラ。酢をタラタラタラ。最後に塩胡椒で味を調整して、よく混ぜる。ほのかにニンニクの香りが野菜に移って、「これはうまい!」と父を唸らせた。母のサラダは長年、この方式だったと思われる。
 私はそのサラダも好きだったが、子供はマヨネーズ味に憧れを抱くものだ。
 自家製のマヨネーズを作るのに凝った時代もある。大きなボウルに卵の黄身を割り入れて、泡立て器でかき混ぜる。かき混ぜながら、サラダオイルをタラタラ。そしてかき混ぜる。黄身が少しかたくなる。そこへ酢をタラタラ。かたくなったと思った黄身がしだいに柔らかくなる。かき混ぜる。そしてまたオイルをタラタラ。またかたくなる。酢を注ぐ。柔らかくなる。これを何度も繰り返すうち、だんだんとマヨネーズができあがっていく。この変化を見るのが好きだった。でも、できるまでには時間がかかるので腕が痛くなり、へとへとにくたびれるのが難であった。
 マヨネーズの進化版がタルタルソースである。母がコロッケや牡蠣フライを作ると私は決まって、「タルタルソースで食べたい」と言ったものだ。そのせいだったのだろう。小学六年生の頃だったか。母が私の地理の試験勉強につき合ってくれたとき、
 「ほら、サワコが好きなソースあるじゃない」
 唐突に母が言ったので驚いて、
 「へ? ソース?」
 「そのソースの名前に似た海峡って覚えればいいのよ」
 それはジブラルタル海峡のことであり、母は私に「タルタルソースを思い出して、その名前を頭にたたき込め」と指導してくれたのだ。今でもジブラルタル海峡という地名を聞くたび、タルタルソースが浮かんでくる。
 さて、今回作ったサラダ・ニソワーズは久しぶりのせいか、首尾よくいったと自負している。これはウチのジンクスなのだが、あらゆる料理は初回に成功し、2回目はたいてい失敗する。母がそうだった。どういうわけかしらと母はいつも首をひねっていた。おそらく初回は緊張するせいと、味が新鮮だから成功した気持が強くなる。が、2回目になると、前回の成功例に手と頭が慣れて、だいたいこんな感じで大丈夫ねと、かすかな手抜き感覚が働く。そして失敗する。
 久しぶりに作る料理も同様。だから今回のサラダ・ニソワーズは成功したと思われる。しばらく作らないことにするか。
 材料は、もちろんジャガイモ、インゲン。どちらも茹でて、ジャガイモはほどよい大きさに切り、インゲンは斜め切りにしておく。もはやここでニースの掟を破っている。あとは、卵を固ゆでにしておくのと、玉ねぎのスライス、オリーブ、トマト、ピーマン、ツナとアンチョビ。他にもニンジンとかレタスとか、入れたい野菜があれば自由に入れてください。
 そしてドレッシングは、オリーブオイルと酢と塩胡椒に加え、ニンニクのすり下ろしとアンチョビペーストを少し。分量は、いつもながら、ご自由に。
 サラダ・ニソワーズは、ニースで食べることなかれ。ウチで作るのがいちばんだ。

カテゴリ: 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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