マクロン大統領「本気度」示したコロナ禍「復興計画」の中身

執筆者:広岡裕児 2020年9月15日
エリア: ヨーロッパ
力強く語った(C)AFP=時事
 

 フランス政府は、この春の新型コロナウイルスによる全国ロックダウンを前にして、いまは最も脆弱な人の命を守るために見えざる敵と戦う「戦時」である、そのために経済は打撃を受けるが、それは「戦後復興」で挽回する、との方針を掲げていた。

 実際、経済情勢は、3月17日から5月11日のロックダウン期間を挟み、1~3月期のGDP(国内総生産)が5.9%、4~6月期は13.8%減少した。

 そしていよいよ9月3日、その「復興」計画が発表された。

 ただし、決して「戦争は終わった」ということではない。今年は最終的に9%程度のマイナス成長であろうといわれているが、これを2年後の2022年に、新型コロナ危機前の水準にもどすことを目標とするという。

事前の2段階施策

 3月以降、フランスでは感染対策と同時に経済対策も段階的に進められてきた。

 あらためて振り返ってみると、第1段階は「保護」。企業と給与労働者を守る緊急措置で、3月23日成立の第1次補正予算、4月15日の第2次補正予算で結実した。

 具体的には、国保証の融資や公租公課の納付猶予の他、一時帰休(雇用調整)や、零細企業個人事業主等への1500~6500ユーロ(約19万~82万円)の支援金と、社会保障費負担の免除が行われた。一時帰休は4月880万人、5月779万人、6月450万人が利用し、合計195億ユーロ(約2兆4500億円)が費やされた。フランスの民間給与労働者は約1900万人であるから、最盛期には46%が会社を休んだことになる。支援額は、法定最低賃金の者は100%、4.5倍までの者には84%国が賃金を肩代わりするというものであったので、対象者に絞ってみれば50%をはるかに超える割合になったに違いない。

 第2段階は、「支援」。3月からのロックダウンでみえてきた、とりわけ被害の大きい分野を支援するものである。

 具体的には、5月には文化、観光、自動車、6月はテクノロジー(ベンチャー企業など)、航空産業、近隣商業・手工業者・自営業者と順次措置が発表された。基本はいずれも、第1段階でとられた一時帰休他の措置の延長、支援金の増額、公租公課の減免である。これらの措置は、復興計画とは別に必要に応じて臨機応変に追加改変が行われながら継続される。

 なお、この2つの緊急対策において、財産権侵害を理由にした売上補償をすべきかどうかの議論はしなかった。新型コロナ対策における措置は、同じ公益理由ではあっても、法律に基づいて補償が定められている道路拡張などの際の立ち退き・強制収用などとは違うと認識されていた。

計画の3本柱

 そして、今回の第3段階、「復興」である。

 半年前のロックダウンの最中から、経済・財務省が地方公共団体の首長、地方議員、国会議員、使用者団体、労働組合・各産業部門代表・市民団体、学者、専門家、「シンクタンク」そして他のEU(欧州連合)加盟国などとの協議を行い、満を持して出された。

 総額1000億ユーロ(約12兆6000億円)で、エコロジー的転換(300億ユーロ)、経済的競争力(340億ユーロ)、社会的地域的結束(360億ユーロ)の3部門に大別される。

 主な内容は次の通りだ(以下、カッコ内の単位はユーロ)。

■エコロジー的転換

 貨物輸送の増加と地方路線の追加など鉄道輸送(47億)、電気自動車への買い替え助成(19億)、水素産業(20億)、クリーンな飛行機の研究開発(20億)、建物のエネルギー効率改善(67億)、工業脱炭素化(12億)、環境保護に適応した農業(12億)、リサイクルと循環経済(20億)ほか。

 政府が昨年10月に創設した、抽選で選ばれた市民150人による「気候市民会議」が6月21日に149の気候変動防止対策提案を出したが、ほぼそれに沿うものである。

■経済的競争力

 企業減税(200億)、自己資金の強化(30億)、海外移転した産業を国内に戻すための国内の産業開発(10億)、R&D先端技術(54億)、零細中小企業のデジタル移行(4億)ほか。

 自己資金強化は、特別なファンドと銀行融資による。ファンドは官製ファンドづくりではなく、「フランス・ルランス(復興)」という認証制度をつくり、持続的発展(環境)や雇用など社会的な持続性に関連する企業の自己資金強化を促進するファンドに付与する。そのファンドには国が一部元本保証を行い、資産としての安全性を高める。融資は「参加融資」と称され、ディテールについては現在銀行と交渉中である。

 このほか、輸出援助と行政の簡素化をおこなう。

■社会と国土の結束

 若者の雇用計画(65億)、長期部分活動スキーム(76億)、地方公共団体の投資(52億)、医療社会セクター(60億)ほか。

 長期部分活動スキームは、企業が雇用を維持しながら企業活動を部分的に削減できる措置で、活動の削減中の従業員の職業訓練にも使え、その費用も用意されている。

 医療社会セクターへの投資は「保健衛生のセギュール会議」で約束されたものである(2020年7月28日『報われない「警官」「医療関係者」大規模デモ続発で混迷深まるフランス社会』参照)。

 このように、落ち込んだ景気を回復させる通常の経済対策とは一味違う。景気刺激策というよりも将来計画、経済構造改革策である。

「未来、将来性の選択です」

 計画に寄せて、エマニュエル・マクロン大統領は次のように述べた。

「復興計画を設計するには2つの方法があります。1つは、いまのままで引き続き継続すること、もはや以前と同じように事業ができないとわかっているセクターを含めて、数十億の助成金を投入することです。2つ目は、明日の経済をつくり仕事を創出する最も有望な分野に投資することにより、リスクをチャンスに、危機を好機にかえることです。そしてこれが、私たちが行う選択、未来、将来性の選択です。フランスと共に今日、2030年のフランスを構築したい」。

 また、ジャン・カステックス首相も、

「この計画は危機の傷をいやすだけではない。将来を準備するのである」

 という。

 じつは、マクロン大統領が就任してから4カ月後の2017年9月、政府は総額570億ユーロ(約7兆1700億円)の「大型投資計画(Le Grand plan d'investissement)2018-2022」を発表した。これは日本の「未来投資戦略」にあたるもので、大統領の5年間の任期中に行う経済社会政策の指針を示したものだ。

 そこで優先事項としてあげられていたのが、「エコロジー的転換」「みんなが技能をもって就職できる社会」「技術革新の競争力強化」の促進、「行政公共サービス医療等のデジタル化」であった。

 まさに、今回の「復興計画」には、それらがすべて組み入れられている。さらに、新型コロナ禍であきらかになった国民生活の安全に必要な産業の海外移転防止と再国産化、保健衛生の充実などを加えたものだといえる。

 2022年といえば、大統領の任期が切れる年である。マクロン大統領としては、就任の約束どおり改革を実行して再選を目指すという意図もあろう。

2024年「パリオリンピック」には言及せず

 だが、決して選挙対策ばかりではなさそうだ。

 たとえば、エコロジー対策の重視など理念が先走っているように思われるかもしれないが、いまや、エコロジーはAIなどと同じく経済の最前線にいる。自動車1つとっても、2040年に石油燃料の車を禁止するとしているが、そうなればすべての自動車が入れ替わるわけだから莫大な市場が生まれる。それが、土木建築、農業、工業そのほかすべての産業で起きるのである。

 もう1つの特徴は、経済的競争力の強化のためにもっぱら中小零細企業に焦点を当てていることだ。もっとも脆弱な部分であると同時に、もっとも雇用をつくりだしている分野でもあるからである。

 現在、失業率が高止まりであるのに加え、新型コロナ禍によって80万人程度の解雇が予想されている。雇用は「復興計画」の最優先事項であると、カステックス首相もいう。大企業はもはや雇用を生み出さない。そしてまた、小さな会社が成長して大会社になることによって経済の活力は担われてきたという歴史の教訓もある。

 とはいえ、商店なども含む中小零細企業においても、第1段階、第2段階で出された補支援金も見舞金程度のもので、生き残りの基本は融資である。そのあとで、ケースバイケースで融資の帳消しも行われるわけであるが、その選択の段階で、淘汰、再編されるという意図も透けてみえる。

 この「復興計画」は、EUの政策ともシンクロしている。

 EUの復興基金に関する合意で、3900億ユーロ(約49兆円)の補助金が出されることに決まったが、そのうち775億ユーロ(9兆7000億円)は、EU各国の復興に向けた補助である。そこには、エコロジー転換、田園開発、研究革新、雇用と成長など、フランスの「復興計画」と符合するものが列挙されている。

 金銭的にも、EUの資金が重要なファクターとなっている。EUの復興基金補助分の残りの3125億ユーロ(約39兆円)が各国に分配される。フランスは400億ユーロ(約5兆円)程度となる見込みだが、「復興計画」作りの最初からこのEUからの資金をあてにしていた。それ以前にも、第1段階の緊急政策でも、4月7~9日に開催された「EU財務相会議」での「欧州経済特別支援策」や欧州中央銀行の支援策を前提に作られた。

 ちなみに、「復興計画」そのものでも、大統領談話でも、首相をはじめとするインタビューにおいても2024年に予定されている「パリオリンピック」についての言及は一切なかった。

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執筆者プロフィール
広岡裕児 1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。
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