コロナ危機で現実味「増税」「ハイパーインフレ」から財産を守る「方法」

執筆者:磯山友幸 2021年1月29日
エリア: アジア ヨーロッパ
コロナ危機で自分の財産を守るには、どうすればいいのか…… (写真はイメージです)

 

 ドイツのちょっとした旧家では「ケラー」と呼ばれる地下倉庫に、「ナポレオン金貨」などの金貨が代々保管されている。いざという時に、その金貨を持って逃げるというのだ。何度も戦場となった経験のあるドイツなど欧州の人たちは、「どうやって財産を守るか」を真剣に考える“遺伝子”を持っている。

 インフレに対する「恐怖心」も代々受け継がれている。1920年代のドイツでは、猛烈なハイパー・インフレーションに見舞われた。第1次世界大戦の敗戦で賠償金を課されたことなどから財政が破綻、金本位制から離脱してペーパーマネーを刷り続けた。1923年6月までにマネーサプライ(通貨供給量)は大戦前の2000倍に増加、物価は2万5000倍以上になった。パン1個が1兆マルクになり、乳母車いっぱいの紙幣を支払いのために運ぶ姿を古写真で見たことがあるだろう。

 ドイツでは、国家財政が破綻すれば紙幣は紙切れになってしまうことが、曽祖父や祖父の世代の実体験として語り継がれている。富裕層が「金」を持つ背景には、そうしたハイパーインフレへの備え、という意味もある。

スイスの時計店は一種の金融機関

 高級時計で有名なスイスでも似た話を聞いた。

 スイス・チューリヒの目抜き通りであるバーンホフ・シュトラッセには老舗時計宝飾店が並ぶが、筆者が新聞社の支局長としてチューリヒに駐在していた頃、そこには独特の機能がある、とプライベートバンカーが教えてくれた。

 「滅多に客が入っているのを見かけませんし、大安売りのバーゲンセールもしないのに、なぜ成り立っていると思いますか? 彼らは、時計を売るだけではなく、上顧客に売った高級時計を買い戻すからなのです」

 「売る」ことだけが店の機能ではない、と言う。

 1個数百万円から1000万円を超す時計は、「財産」として子や孫に受け継がれる。国家の危機や戦争となれば、腕に巻くだけで簡単に持ち運ぶことができる。

 だが、いくら高級でも、いざと言う時に換金できなければ意味がない。戦争などから無事に自分の財産を守り通せても、当然のことながら時計のままでは生活の糧にはならない。骨董品店に持っていって換金するという手もあるにはある。だが、それでは買い叩かれるのがオチだ。

 その点、チューリヒの老舗時計宝飾店は顧客に有利な価格で買い取ってくれる。高級時計には個別にシリアルナンバーがふられているので、自分の店で売ったものかどうか、すぐに分かる。値引きをして売った商品ではないから、買い取り価格も一定にできるわけだ。もちろん、店はそうした取引で「差益」を得る。

 バーンホフ・シュトラッセにはまた、スイスの銀行の本店やプライベートバンク、世界の銀行の支店などが軒を連ねる。その合間に時計宝飾店があるのは一見不釣合いにも見えるが、実は、時計店も一種の金融機能を果たしてきたと考えれば、納得がいく。

 高級時計を資産として持つのは、戦争に備えるだけではない。紙幣の価値が急落してハイパーインフレが起きた場合でも、「実物資産」として価値を保つことができる。つまり、経済危機への備えでもあるわけだ。

今の通貨はまさしく「ペーパーマネー」

 今、世界は新型コロナウイルスの蔓延で経済活動が凍りつき、「世界大恐慌以来」といわれる未曾有の経済危機に直面している。もっとも、世界大恐慌の頃は、米国など多くの国がまだ金本位制で、通貨の価値は金によって裏打ちされていた。中央銀行は金の保有高を背景に紙幣を発行していたから、通貨供給量を簡単には増やすことができなかった。これが逆に深刻なデフレを招き、大恐慌へと突き進んだとされる。

 その後、ほとんどの国で通貨と金を交換する「兌換(だかん)」を停止、金本位制から離脱した。1971年に米国がドルと金の兌換を停止した「ニクソン・ショック」以降、世界各国の中央銀行は、金の保有高に関係なく、紙幣を発行するようになった。

 今回のコロナ危機で、主要国がそろって大規模な金融緩和と財政出動を行っているのは、ある意味、世界大恐慌の教訓から学んだ政策とも言える。経済が止まって収入が激減した個人や企業を救済するために、大量の通貨を供給しているのだが、これは致し方ないことだ。

 しかし、今の通貨は金による裏打ちがない、まさしく「ペーパーマネー」だから、紙幣を刷りまくっていけば、いつかは20世紀初頭のドイツのように、紙幣が紙屑になるリスクも顕在化してくる。

 世界大恐慌並みと言われる今回のコロナ不況で増やし続けた通貨量は、「出口戦略」を立ててどこかで吸収することを考えることになる。今後、各国の金融財政当局の政策の真価が問われるが、仮に「出口戦略」に失敗すれば、世界、あるいはその国は深刻なインフレに直面することになりかねない。

 そんな中で、「実物資産」に注目する動きがジワジワと広がっているように見える。前回、この欄で取り上げた日経平均株価の大幅上昇も(1月15日『「金価格」で分かる株価「30年ぶり大幅上昇」の理由』参照)、かつて世界の価値基準だった「金」の価格で割ると、決して上昇していないことが見てとれた。つまり、通貨価値が下落しているから、株価が上昇しているように見える、というのが実態なのである。

 多くの投資家や富裕層も、キャッシュで資産を持っているリスクを感じ始めているから、株式へシフトしているのかもしれない。

最大のリスクは国家

 株式だけでなく、貴金属などにもシフトが起きているのは間違いない。金価格の上昇が端的な例だ。世界の基軸通貨であるドルの信任が揺らいだリーマンショック後には、貴金属小売店から金貨が姿を消した。今はまだそこまで行っていないが、通貨の価値が再び揺らぐことになれば、金貨の需要が一気に増す可能性もある。

 金貨だけではない。他の「非通貨資産」へのシフトもジワジワと起きているように感じる。宝石や高級時計、絵画などを購入する動きも広がりつつあるようだ。

 日本百貨店協会が1月22日に発表した12月の全国百貨店売上高によると、全体の売上高は前年同月比13.7%減と大幅に落ち込んだ。ところが、「美術・宝飾・貴金属」の売上高は1.9%増加と、他部門が軒並み大幅なマイナスになる中で、3カ月連続のプラスを記録したのだ。通常、消費が回復する時は、ハンドバッグや小物など「身のまわり品」が真っ先に回復するが、12月は13.1%減と大幅なマイナスが続いている。

 百貨店の売り上げは、訪日外国人による「インバウンド消費」に支えられてきた。1年前の2019年12月には、免税手続きされた売上高は299億円に及んだ。これが2020年12月には34億4000万円に激減している。それでも「美術・宝飾・貴金属」の売り上げが増加しているのは、国内の富裕層が購入しているからと見ることができる。

 高級時計や宝石には「財産保全」としてもう1つメリットがある。今後、政府が巨額の財政支出の「出口戦略」を進める場合、増税が必要になる。なかなか法人税率の引き上げが難しい中で、富裕層への所得増税や資産課税が焦点になるだろう。

 すでに、一定金額以上の「金」を購入した場合は、業者から税務署に情報が伝わる仕組みが導入されており、資産把握が進められている。株式など金融商品も匿名で持つことはほぼ不可能になった。そこで、当局に捕捉されにくい「資産」を求める動きが出てくる。数百万円の時計や宝石は、金融商品に比べればはるかに財産捕捉されにくい。

 欧州の旧家の人たちが金の延べ棒ではなく金貨にこだわる理由もまた、前述のプライベートバンカーが教えてくれた。そのプライベートバンクは何度も国の形が変わり、権力者が変わる中でも生き続けてきた銀行だ。

 「金の延べ棒は持ち運びするのが大変ということもありますが、簡単に国に接収されてしまいます。金貨ならばポケットに入れられるし、隠すのも簡単です。財産保全で最大のリスクは国家なのです」

 ハイパーインフレや増税からどう財産を守るか。コロナ危機が深刻化する前に考えておく必要がありそうだ。
 

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
磯山友幸(いそやまともゆき) 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト活動とともに、千葉商科大学教授も務める。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。
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