米中欧「巨額支援競争」に潜む「半導体社会主義」リスク

執筆者:有吉功一 2021年5月27日
サムスンやTSMCに追いつくには1500億ドルの新規投資が必要とも   ©︎AFP=時事
過熱する政府主導の投資競争に、過剰供給と「ブーム・アンド・バスト」への警戒感が高まっている。

 世界的な半導体不足を受け、各国・地域が大規模なてこ入れ策を相次いで打ち出している。それでも半導体製造にかかる資金はなお不十分だ。設備の新設には約2年を要し、自動車からゲーム機、サーバーに至るまで、拡大の一途をたどる需要を直ちに満たす即効薬はない。2023年まで半導体の需給は改善しないとの見方もある。一方で、過剰投資の結果いずれ需給がだぶつき、値崩れを起こすリスクも否定できない。巨額の公的資金による支援は「半導体社会主義」とも呼ばれているが、最終的にはメーカーがリスクを負うことになる。

半導体不足は長期化する

「需要は引き続き強く、供給は引き続きひっ迫するため、半導体不足は2022年、さらには2023年まで続くとみている」

 米調査会社フォレスターのバイスプレジデント、グレン・オドネル氏は今年4月、ブログにこう綴った。

 世界的な半導体不足の一因となったのは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)だ。

 ロックダウン(都市封鎖)など各種の制限措置やリモートワークを背景にパソコンやゲーム機器の需要は急拡大。スマートフォンやクラウドサービス用のサーバーの需要も引き続き旺盛だ。

 コロナ禍に伴って一時大幅に落ち込んでいた自動車生産は、昨年春先以降に急回復。このため車載半導体は一転、供給不足に陥った。

 中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)に対する米国の制裁を受け、中国企業の間で半導体在庫積み増しの動きが広がったことも供給ひっ迫に輪をかける結果となった。

 オドネル氏は、

「パソコンの販売増は幾分鈍化するが大幅にではないだろう。昨年低迷したデータセンター向けの投資は再び拡大し、最先端のコンピューター技術は新たな『ゴールドラッシュ』の場となるだろう。あらゆる機器への欲望はとどまることを知らず、クラウドコンピューティングや暗号通貨(仮想通貨)の採掘は拡大するだろう。半導体チップの需要はブーム期が続くとしか言えない」

   と指摘する。

バイデン政権は国内生産回帰に500億ドル投入

 今年3月31日、ジョー・バイデン米大統領は、インフラや気候変動対策を中心に8年間で2兆ドル超を投資する成長戦略を発表した。日本円で約220兆円に上る。

 その中には、半導体産業の国内生産回帰の実現に向け、500億ドルを投じる計画も盛り込まれた。

 背景には、米国の半導体メーカーの売上高は世界全体の47%を占めるのに対し、実際に米国内で製造されている半導体の割合は12%にとどまっている現状がある。

 今や半導体製造の主役は台湾をはじめとするアジアだ。

 米半導体工業会(SIA)は4月1日に公表した報告書で、

「現在、10ナノメートル以下の最先端半導体製造能力の92%が台湾、8%は韓国に存在している」
   と指摘した。

 半導体製造ナンバー1の台湾はしかし、政治・経済両面で米国と覇権を争う超大国・中国と政治的に対立している。

 米議会の独立委員会は3月1日に公表した報告書で、

「米国が半導体輸入を特に台湾に依存していることで、外国政府による敵対的行動や自然災害など電子機器のサプライチェーン(供給網)を阻害し得る事案が発生した場合、経済・軍事面において戦略的な脆弱性がもたらされる」

   と警告した。

「外国政府による敵対的行動」とは、明示はしていないが、台湾海峡の向こう側の中国による軍事行動を指していることは明らかだ。

 米ブルームバーグ通信によると、実際、トランプ前政権による対中制裁を受け、台湾の半導体産業に対するサイバー攻撃が増えたとの報告がある。

 台湾海峡有事の際には、台湾の半導体製造施設が攻撃の標的になることも想定される。人民解放軍が台湾に侵攻した場合、台湾側が半導体施設を接収される前に自らの手で破壊する可能性もある。

 原油供給でペルシャ湾につながるホルムズ海峡が重要ポイントであるように、半導体供給では台湾海峡の安定が要になっているのである。

支援金額はまだ不足と指摘されるが――

 米調査会社ICインサイツは3月16日に公表したリポートで、半導体メーカーの投資額について、かつて米インテルが首位の座を永らく維持していたが、現在では韓国サムスン電子に取って代わられたと指摘した。2位は半導体受託製造最大手の台湾積体電路製造(TSMC)だ。

 リポートは、米国や欧州連合(EU)、中国が半導体をめぐる競争でサムスンやTSMCに追い付くためには合計で年間最低300億ドルの投資を少なくとも5年継続する必要があると試算した。総額1500億ドル、円換算で16兆3500億円に上る。

 一方、SIAは4月公表の報告書で、半導体のサプライチェーンを台湾と韓国に依存せず、自国だけで完結させるには世界全体で最大1兆2250億ドル(約133兆5000億円)、米国だけでも最大4200億ドル(約45兆8000億円)の初期投資が必要とはじいている。

 バイデン政権が打ち出した500億ドルの半導体産業支援も、金額の規模では潤沢とは言えない。

「中国製造2025」が躓く理由

「現在、(半導体生産における)欧州の世界シェアは10%だ。対外依存を低減させるためこれを2倍にする必要がある」

 欧州連合(EU)のシャルル・ミシェル大統領は3月2日、オンラインイベントでこう語った。

 ドイツ、フランスなどEU加盟19カ国はこれに先立つ2020年12月、半導体産業などのてこ入れのため「欧州半導体技術イニシアチブ」の発足を宣言した。半導体をはじめとする超小型電子技術を対象に向こう2~3年で官民の資金最大1450億ユーロ(約19兆3000億円)を投じる計画が盛り込まれた。

 世界第2位の経済大国となり、米国との間でハイテク覇権を争う中国も危機感を募らせている。

 中国政府は2015年に発表したハイテク産業育成戦略「中国製造2025」で、半導体自給率を2020年に40%、2025年には70%にまで高める目標を設定した。しかし、2020年は約16%と、目標に遠く及んでいない。

 半導体設計を主導してきたファーウェイや製造最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)を標的とする米国の制裁が直撃したことも背景にある。

 ただ、巨額の補助金を受けていた半導体製造の有力国有企業・紫光集団がデフォルト(債務不履行)に陥るなど、自滅の側面もある。

 米シンクタンクのブルッキングス研究所によると、中国には「半導体企業」として登記されている企業が5万社以上ある。政府は過去30年以上にわたって半導体産業育成のため数百億ドル規模の支援を行ってきたが、投資は分散され、世界で通用する企業は育っていない。

 半導体は中国経済のアキレス腱とされる。中国は第14次5カ年計画(2021~2025年)に「科学技術の自立自強」を盛り込んだが、ブルッキングス研究所は、「中期的には明らかに実現不可能だ。長期的にも、達成できる公算は小さい」としている。

 業界誌『インダストリー・ヨーロッパ』によれば、ドイツのシンクタンク、SNVのアナリスト、ヤンペーター・クラインハンス氏は、欧州の半導体シェア倍増構想も「失敗する運命にある」と語っている。
 同氏はその理由として、欧州には先端半導体の顧客がいないほか、半導体デザイン産業が確立していないため、大規模なファウンドリー(受託製造)工場を建設してもコストに見合わない点を挙げている。

 英誌『エコノミスト』(1月21日号)は、米国や欧州で官による半導体支援について「半導体社会主義」だとの批判の声が上がっていることを紹介している。

 命名の是非はともかく、同誌は「(公的支援は)半導体デザインの自由市場における復興を圧迫し、最終的には失敗する公算が大きい」としている。

 同誌は5月22日号では、「半導体産業はブーム・アンド・バスト(好不況)のサイクルに陥りやすいことで有名だ」と指摘。「現時点で深刻な不足に陥っているからといって生産能力を増強すれば、将来大幅な供給過剰に陥る可能性もまたあるのだ」と警告している。

 供給過剰の結果、値崩れすれば、ツケを払わされるのは企業だ。

 現に、EUが最先端の2ナノメートルの半導体を製造する施設を域内に建設する計画を打ち出していることについて、域内半導体企業のSTマイクロエレクトロニクスとインフィニオンは旧世代半導体への注力が先決として、参加しない意向を表明した。

 企業は国家の音頭取りに振り回されることなく、現実的な判断をしている。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
有吉功一(ありよしこういち) ジャーナリスト。1960年埼玉県生まれ。大阪大卒。84年、東レ入社。88年に時事通信社に転職。94~98年ロンドン支局、2006~10年ブリュッセル支局勤務。主に国際経済ニュースをカバー。20年、時事通信社を定年退職。いちジャーナリストとして再出発。著書に『巨大通貨ユーロの野望』(時事通信社、共著)、『国際カルテル-狙われる日本企業』(同時代社)。
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