アメリカは同盟国をどこまで守るか(2021年8月ー3)

第3次台湾海峡危機下の96年、台湾沖を航行する米空母「インディペンデンス」艦上に並ぶ艦載機 ©︎時事
アメリカへの「信頼」が揺らぐ場合、同盟国は「防衛コミットメントの信頼性」を改めて検討し直す必要がある。アメリカは台湾有事にどこまで関与するか。中国による台湾武力侵攻シナリオの最新分析は……。東京オリンピック開催に対する国際評価も視野に入れつつ、国際社会における日本の現実と外交課題を俯瞰する。

4.台湾へ武力侵攻はあるのか

 はたしてアメリカは、同盟国や友好国を守るために強い意志を有しているのだろうか。アフガニスタンからの米軍撤退は必然的にそのようなアメリカの影響力の後退や、アメリカの同盟国への防衛コミットメントの信頼性の問題に連動することであろう。とりわけ重要なのが、アメリカの台湾防衛への関与の問題、さらにはその前提となる中国が台湾に武力侵攻する可能性についての問題である。

   中華民国海軍第26代参謀総長を務めた李喜明と、アメリカのシンクタンク、「プロジェクト2049」アソシエイト・ディレクターのエリック・リーは、その共同執筆の論説において、台湾侵攻へ向けた中国のグレーゾーン戦略がすでに開始されていると警戒感をあらわにしている[Lee Hsi-min and Eric Lee, “The threat of China invading Taiwan is growing every day. What the U.S. can do to stop it(中国による台湾侵攻の脅威は日増しで増加している。侵攻阻止のためにアメリカが出来ることとは)”, NBC News, July 10, 2021]。中国人民解放軍の圧倒的な軍事力を背景とした武力による威嚇や、サイバー攻撃、さらには大量の「フェイクニュース」の拡散による影響力工作と、様々な手段を用いて台湾の国民の感情を操作しようとしている。この論考では、そのような中国のグレーゾーン戦略に警鐘を鳴らしている。

   他方で中国の『環球時報』紙は、米台間の軍事協力が拡大していることが「一つの中国」原則を傷つけていると批判して、大陸はいつでも台湾に対して武力行使を行う準備ができていると威嚇している[美台必须准备好往前蹭时被当头棒喝 (米台はさらに踏み込んだ際には、反撃を受けることになる準備をするべきだ)」、『环球网』、2021年7月17日]。そして、これまで広く受け入れられてきた「一つの中国」原則をもしも、サラミをスライスするようにアメリカと台湾が無効化しようとするのであれば、中国による圧倒的な軍事による報復を覚悟せねばならないと説く。またこの論考では、台湾の軽率な行動に対して懲罰を行う必要が説かれている。そのような武力による威嚇こそが、台湾海峡をよりいっそう不安定化させているといえる。

   それでは、実際に中国による台湾の武力統一の可能性はどの程度あるのだろうか。この問題をめぐり、現在アメリカ国内では活発な論争がなされている。その重要な契機となったのが、『フォーリン・アフェアーズ』誌にオリアナ・スカイラー・マストロが寄せた「台湾の誘惑」と題する論考である[Oriana Skylar Mastro, “The Taiwan Temptation: Why Beijing Might Resort to Force(台湾の誘惑: 北京が武力に訴える理由)”, Foreign Affairs, July/August, 2021]。そこでマストロは、中国政府が従来の平和的統一路線を修正して、軍事侵攻をする可能性が高まっていることに警鐘を鳴らす。同誌の最新号では、「危機の海峡?  台湾への中国の脅威について考える」と題して、何名かの中国専門家がこの問題について議論を加えている。たとえばクインシー研究所のレイチェル・エスプリン・オデルとMIT(マサチューセッツ工科大学)のエリック・ヘジンボサムは、そのような「侵攻パニック」がワシントンで広がっている現状を批判する[Rachel Esplin Odell and Eric Heginbotham; Bonny Lin and David Sacks; Kharis Templeman; Oriana Skylar Mastro, “Strait of Emergency?: Debating Beijing’s Threat to Taiwan(危機の海峡?台湾への中国の脅威について考える)”, Foreign Affairs, September/October 2021]。そして、今では従来の「一つの中国」政策や「戦略的曖昧性」が相対化されて侵蝕されるようになり、それにより台湾海峡が不安定化している現状を批判する。中国の台湾への武力侵攻のリスクは、「喫緊の問題ではなく、また彼女が示唆するよりも制御可能なもの」であるとマストロの主張を批判する。ほかにも、何人かの専門家が同様に、中国が台湾に軍事侵攻する可能性の低さに言及している。

 同様に、アジア・ソサエティの米中関係センターが発信する『チャイナファイル』においても、中国の台湾に対する軍事侵攻の可能性について、さまざまな専門家や実務家が意見を寄せている。ちょうど今年の7月1日に、中国共産党創立100年を記念する式典で、習近平総書記が「台湾問題の解決と祖国の完全統一実現は党の歴史的任務だ」と述べたことで、台湾問題によりいっそう光が当てられるようになった。ここでも多くの論者は、マストロの主張とは異なるトーンで、中国の台湾軍事侵攻の可能性は限定的だと論じている。とはいえ、国務省の職業外交官で、トランプ政権時に東アジア・太平洋担当の国務次官補代行を務めたスーザン・ソーントンは、中国が戦争へと進むかどうかという質問に対して、「それは場合による」と答えている[Susan Thornton, “Will Beijing Invade Taiwan?(中国は台湾に侵攻するか?)”, ChinaFile, July 30, 2021]。これはほかの論者にも共通していることであるが、軍事バランス上、中国がアメリカに対する優位性を獲得しつつあるなかで、もしも台湾が独立へ向けた挑発的な行動を起こすならば、戦争勃発の可能性も否定できない。他方でそのようなことがなければ、中国の側から台湾へと全面的な軍事攻撃を仕掛けるような、高いリスクを負うことはないだろうと論じられる。言い換えれば、台湾が独立へ向けて一線を越えるような新しい動きを示さないならば、軍事衝突の可能性を抑制できるはずだ。

  このようにして台湾海峡の平和と安定のためには、中国政府が台湾の軍事侵攻を抑制するだけではなく、その誘因となるような台湾による独立の宣言を阻止することも必要な前提条件となるであろう。それゆえ、カート・キャンベル米国家安全保障会議インド太平洋調整官は7月6日に、「アメリカ政府は台湾独立を支持しない」と明言することで、台湾独立派を牽制した。アメリカ政府は、北京と台北の双方の動きに目を向けて、軍事衝突の勃発に至らぬように危機を管理せねばならない。このキャンベルの発言を受けて、早速翌日の『環球時報』では、「台湾当局は、アメリカの台湾独立を支持しない発言に、しっかり耳を傾けるべきだ」と題する社説を掲載している[台当局须听清楚:美“不支持台独“(台湾当局は、アメリカの台湾独立を支持しない発言に、しっかりと耳を傾けるべきだ)」、『环球网』、2021年7月7日]。米台の接近が、台湾国内の独立派を勢いづかせないようにすることもまた、台湾海峡の安定のためには重要な基礎となるのであろう。実際に、クインシー研究所の中国政治専門家のマイケル・スウェインは、英語版の『環球時報』紙とのインタビューの中で、アメリカが「一つの中国」政策を放棄する可能性は高くないと話している[Li Qingqing’s Interview with Michael D. Swaine, “Biden will not abandon US’ One China policy: US scholar(バイデンはアメリカの1つの中国政策を放棄しないだろう:アメリカの学者語る)”, Global Times, August 9, 2021]。この問題に対する中国側の関心の高さと敏感さが、これら一連の報道姿勢を通じても見ることができる。

 これらのようなアメリカ、中国、そして台湾の抑制的な政策方針が続くのであれば、おそらくは台湾問題は危機の中でも安定が持続することになるだろう。とはいえ、不測の事態がいつ起こっても決して不思議ではないし、国際情勢における想定外の動きが新しい挑発的な行動を誘発する可能性も否定できない。だとすれば、マストロが警鐘を鳴らしたような台湾をめぐる危機については、状況次第では最悪の結果に帰結することもつねに留意すべきであろう。いわば、中国が台湾に過剰な軍事的圧力をかけることが、むしろ台湾がアメリカに接近する契機をもたらし、中台関係の緊張を高めた側面がある[Zoe Leung and Cameron Waltz, “Beijing’s Attempts to Intimidate Taiwan Have Backfired(台湾を脅迫しようという中国の思惑は裏目に出た)”, Foreign Policy, July 30, 2021]。

   台湾の『自由時報』紙では、「なぜ中国は嫌われているのか」という社説の中で、中国の威圧的な外交や繰り返される武力による威嚇が、国際社会での中国のイメージを著しく悪化させている点を強調する。たとえば、台湾民意基金会が行った世論調査では、「0から100までの華氏の温度」では台湾人民の中国共産党に対する好感度が平均で32.21度であり、「これは氷点に近い非常に冷たい温度である」と解説し[社論》中國為何顧人怨(なぜ中国は嫌われているのか)」、『自由時報』、2021年7月6日]、今年のアカデミー賞監督賞を受賞した趙婷(クロエ・ジャオ)の指摘を証明している。つまり、中国は「嘘にまみれた場所(原語:一個到處是謊話的地方)」である。悲しいことに38歳の趙婷が指摘した中国は、共産党の統治の下で、「嘘にまみれた」というイメージがついて離れなくなってしまった。そうした問題に気づかず、嘘をついて戦狼外交を繰り広げる習近平は、不誠実で説得しようがないと論じている。このように中国が軍事的な圧力を台湾にかければかけるほど、台湾の人々の心は中国大陸から離れていく。そこに、現在の台湾海峡の緊張のもう一つの理由が見られるだろう。

5.東京オリンピック後の日本の役割

 国際情勢が大きく動き、またデルタ型の新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中で、菅義偉政権は東京2020オリンピックを開催することを決定した。それに対しては日本国内でさまざまな批判が噴出し、さらには開会式をめぐりスキャンダルなどでの担当者の退任が相次いだ。「バブル方式」と呼ばれる人流の制限などにより、オリンピック参加選手の間での感染拡大は抑えられ、大きなトラブルなく8月8日の閉会式をもって終了した。パンデミックの中でのオリンピック開催という、例外的な状況の中での日本の判断はどのように国際社会に映っただろうか。

 国際メディアは全般的に、この東京オリンピックの開催には肯定的であった。たとえば『ディプロマット』誌においては、オーストラリア外相の元補佐官であり、ハドソン研究所上席研究員のジョン・リーが、「日本が東京オリンピックを開催したのは正解だった」と題する論考を寄せている[John Lee, “Japan Was Right to Hold the Tokyo Olympics(日本が東京オリンピックを開催したのは正解だった)”, The Diplomat, August 5, 2021]。そこでは、「新型コロナの観点から見ても、よく考えられ、よいかたちで実行された」と、困難な中での運営の成功を肯定的に評価している。また、『フィナンシャル・タイムズ』紙では、今回の東京オリンピックは通常の国際的なスポーツ競技という範疇を超えて、コロナ禍で悲しみに暮れ、困難に疲弊した人々の精神にとって鎮痛剤のような心の痛みを和らげる効果をもたらしたことを強調した[Tanya Joseph, “These Olympics Have been a balm for Souls Battered by the Pandemic(パンデミック下でのオリンピックは精神にとっての鎮痛薬となった)”, The Financial Times, August 7, 2021]。さらに、米CNNのウェブサイトで、鈴木一人アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員が同様に、オリンピック開催が正しい判断であったと論じた上で、オリンピック選手村の内部よりもむしろその外側の一般の日本国民の間において感染拡大が進んでいた点を指摘した[Kazuto Suzuki, “Holding the Olympics was the right callオリンピック開催は正しい決定)”, CNN, August 12, 2021]。必ずしもオリンピック開催によって感染爆発が起きたわけでも、外部から多くのコロナウイルスの感染者が流入したわけでもなかったのである。

 これらの論考は、全般的に、東京オリンピックが無観客で実施され、想定されたほどには感染拡大が見られなかった点なども踏まえ、日本での開催が成功であり、開催の判断が的確であった、と評価する。他方で、日本国内での開催反対デモや、報道陣や選手たちの行動制限の厳しさなどを取り上げ、批判的な論調を示すメディアもないわけではない。ただし、開催前よりもむしろ開催後のほうが肯定的な声が広がっているのも事実であろう。

 今年4月の菅義偉首相とバイデン大統領との日米首脳会談や、それを通じた「自由で開かれたインド太平洋」構想の促進など、近年の日本の対外行動は比較的肯定的な評価がなされることが多く、とりわけ米中対立の構図の中での日本の戦略的な価値は高まっている。そのような点に注目した論考が、井形彬多摩大学大学院客員教授とパシフィック・フォーラム・シニア・アドバイザーのブラッド・グロッサーマンの共著論文である[Akira Igata and Brad Glosserman, “Japan Is Indispensable Again: The Need for Economic Security Is Reviving Washington’s Alliance With Tokyo(日本は再び不可欠な存在に:経済安全保障の必要性がワシントンの東京との同盟を復活させている)”, Foreign Affairs, July 15, 2021]。そこでは、日本がアメリカにとって、経済安全保障の観点からも不可欠な同盟国となっていることを強調する。

 米中二つのグローバル・パワーに挟まれて、日本の行動の余地は限られているようにも見える。また、アフガニスタンのカブール陥落の際に、日本政府は外交官や民間人を退去させるための独自の輸送機を現地に向かわせることができず、12人の大使館職員がイギリス軍機によって国外に脱出した。国際情勢がよりいっそう流動的になり、多様な安全保障上の課題が存在する中で、日本はこれまで以上に緊張感をもって対外政策を検討していくことが求められている。  (8月・了)

カテゴリ: 政治
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