ROLESCast#004
AUKUSの衝撃

執筆者:池内恵
執筆者:鶴岡路人
AUKUSは本質的に「同盟以上」の枠組だと鶴岡路人・慶應大学准教授は指摘する。「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」による動画配信チャンネル「ROLESCast」。10月6日収録の第4回は、「原潜の建造・運用の協力」を軸に深化して行くこの枠組みの核不拡散体制に与える影響などにも議論が及んだ。

 

*お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。

 

第一印象は「よくやるな」

池内 オーストラリア、英国、米国が突如として9月15日にAUKUSと呼ばれているものを発表しました。今回は「AUKUSの衝撃」というテーマで、この問題の専門家である慶應義塾大学の鶴岡路人先生をゲストにお迎えしました。

 まずAUKUSが発表された時の第一印象はどういったものだったのでしょうか。

 

鶴岡 最初に聞いた時に「よくやるな」というのが第一印象でした。原子力潜水艦の技術は機微なので、それを供与するというのは今までもほとんど例がない。そこまでやるのかというのが一つ。

 もう一つは、よく秘密が守られたな、と。何の前触れもなく急に発表されました。前日から何か大きな発表があるという報道が出始めましたが、中身に関しては完全に秘密交渉として行われて、リークもなく当日を迎えた。

 

池内 あらゆる他者の決断は事前に予測できないものなので、本質的にまず驚きがあるものなのでしょう。それでは、いわば「第二印象」は、どのようなものだったのでしょうか。専門家として改めて考えてみると「なるほど」と思うこともあったのでしょうか。

 

鶴岡 第二印象はまさに「なるほど」という部分がたくさんありました。

 その前に、AUKUSの参加国であるアメリカ、イギリス、オーストラリアをどのような順番で呼ぶのかが微妙なところ。AUKUSは各国の頭文字をとっているので、それに忠実な人は「豪英米」と呼びますが、日本のマスコミは、 第三国については大きい順や重要な順に並べるしきたりがあるので、「米英豪」になる。

 ただ、おそらく英語の語呂に基づいて並べているので、順番はあまり意味がないと思います。

 しかも原子力潜水艦からサイバー、AI(人工知能)、量子コンピューティングなど他の分野にも協力が広がる可能性がある。原潜についてはオーストラリアがメインアクターですが、他の分野では必ずしもそうはならない。オーストラリアがAUKUSを主導するために最初に登場するということではないのだと思います。

 ですから私は「米英豪」という言い方でいいのかなと思っていますが、ここではAUKUSで行きたいと思います。

米英豪にとってのAUKUSの意義

鶴岡 AUKUSについては、それぞれの国にとって極めて明確なロジックが存在している。

 アメリカから考えると、オーストラリアにアメリカの支援で原潜を持たせることで、運用も一体化されるという期待があります。常にアメリカの指揮下に入るかどうかという細かいところはこれから考えるのだと思いますが、全体のオペレーションを考えると、おそらくアメリカの一部であるかのように運用される。

 つまり、中国の脅威が拡大していくなかで、言い方は悪いですけれども「持ち駒」が増える。アメリカの潜水艦は余っているわけではないので、オーストラリアが足りない部分を補ってくれるのは、アメリカにしてみれば美味しい話。技術を提供することのコストとリスクと、作戦上の持ち駒が増えるベネフィットの部分を比較考慮したら、明確にプラスだったということだと思います。

 バイデン政権は今回のAUKUSの合意の説明として、「オーストラリアをアメリカとイギリスに数世代にわたって結び付ける根本的な決定なのだ」という言い方をしている。今までの数世代の中で、オーストラリアにとって一番根本的で戦略的な決定なんですよ、これによって数世代アメリカと一緒にやっていくしかないんですよ、とアメリカ側から強調する。オーストラリアをアメリカ陣営にガッチリ結び付けた。

 オーストラリアから見ると、日に日に強まる中国の脅威に対して何とかしないといけない。しかも中国の脅威は、基本的には海から来るわけですね。南シナ海があって南太平洋まで来られるともうオーストラリアです。そこでどう対処するのか。

 今までは、南シナ海までは遠いので、インド洋をまずパトロールするという発想だった。ただ中国の脅威が増す中で南シナ海の重要性が増した。けれど、今回破棄された潜水艦計画は従来型の通常動力だったので、南シナ海まで行くと、ほとんどオペレーションできずに帰ってこないといけない。それでは意味がない。

 とすると能力的に原潜が必要だけど、自分でつくれない。アメリカやイギリスの技術が必要。そこで、アメリカが「イエス」と言う保証はなかったけれど、イギリス経由でアメリカに相談してみたということだと思います。

 ではイギリスにとってはどうかというと、これも面白い。AUKUSはどうしてもオーストラリアとアメリカという議論になりますが、イギリスがいることが重要です。アメリカとオーストラリアからすると、イギリスをインド太平洋の安全保障に繋ぎ止めたことが大きい。原潜でガッチリ組むことで、今後何十年、何世代にわたってイギリスがインド太平洋から抜けられなくなる。

 そうなると、イギリスからも原潜がオーストラリアに来ることが想定されます。最初の段階ではアメリカやイギリスの原潜を貸し出したり、米英の潜水艦でオーストラリアの要員を受け入れることでトレーニングをするという話も出ている。そうなるとイギリスも強くコミットすることになる。

 これがAUKUSの狙いそのものだったとは思いませんが、結果として考えると、かなりイギリスを引き留めた。この部分にも注目しないといけないと思います。

中国は「長期的には痛手」「短期的にはほくそ笑む」

池内 米豪英という順で当事者にとっての意義を解説していただきましたが、このAUKUSが周辺に与える影響、周辺がどう受け止めるのかという問題を見ていきたいと思います。

 まず中国がどう受け止めるのか。

 また、日本にとっての衝撃はどういうものか。日本はオーストラリアとインドが加わったQuadによって日米関係を深める作業をやってきている。それとの関係はどうなのか。

 あるいはオーストラリアは元来、東南アジアと関係を結んできました。経済的には中国が最重要、日本とアメリカとの関係も重要であると同時に、東南アジアの国々と肩を並べていこうとしているように見えていた。それがAUKUSに踏み切ったことで、東南アジアからどう受け止められるのか。

 

鶴岡 中国側も、これは中国対策であると分かっているので、中国の反応は興味深い。

 本当にオーストラリアの原潜が就役してアメリカと一体の運用が開始されれば、中国にとってはかなり痛手で、脅威になる。米国にとっては対中抑止の強化です。ただ、まだ相当時間がかかる。ここが一つポイントです。 

 AUKUSの議論をする時に、あたかも明日にでもオーストラリアの原潜が南シナ海で活動するようなイメージが出てきがちですが、いつになるか分かりません。第一号艦が2040年ごろというスケジュールのようです。

 さらに、この種のプロジェクトには、遅れと予算の肥大化がつきものです。オーストラリアはフランスとの計画を破棄して乗り換えたわけですが、フランスとの契約自体、遅れに遅れて、予算規模もどんどん増えていきました。オーストラリアはフランスを批判しますが、オーストラリアの技術不足は隠しようのない事実です。

 にもかかわらず、地元の雇用や技術移転という観点からオーストラリアで建造することに固執した。設備も技術もないところで潜水艦という技術の塊みたいなものをつくるのはそもそも難しかったという部分がありました。

 今回アメリカとイギリスが本気でサポートするなら、フランス一国のサポートよりは強力になる可能性はある。政治的にもこれにコミットしているので、「やっぱりできませんでした」と言うわけにはいかない。ですからできる可能性は高いと思いますが、時間はかかるので、まだあと20年くらいは先の話だと考えないといけない。

 他方で、20年後の南シナ海がどうなっているのかよく分からない。今後20年、中国の力が上昇し続けるのかもよく分かりません。

 長期的に、オーストラリアの原潜が活動するようになったら中国にとっては脅威ですが、短期的には中国はほくそ笑んでいる部分があるのだと思います。

 今回、オーストラリアとフランスの関係は非常に悪化しました。米仏関係は一生懸命修復に向かっていますが、それでも大きな傷を負った。オーストラリアとフランスとの関係は修復の兆しすら見えていない。イギリスとフランスの関係も相当こじれている。つまり、アメリカを中心とする西側の同盟にくさびを打ち込んだ。中国にとって一番やりたいことは米欧やヨーロッパの中にくさびを打ち込んで分断することですが、それを勝手にやってくれたのがAUKUSということになる。

 ただ中長期的にはオーストラリアの原潜がアメリカの一部となってアメリカ陣営が強化され、イギリスのコミットメントがさらに強くなるということなので、軍事的に考えると中国にとって良いことがないというのは確実だと思います。

日本とオーストラリアのないものねだり

池内 日米同盟についての少し前までの議論と似ているところがあります。アメリカは単独では一番有力なスーパーパワーであり続けるけれども、中国に追いつかれてくる。ただ、日本とアメリカが一体であれば中国にそう簡単に抜かれませんよ、と言っていた時期があった。

 それを今度は、日本だけでなく、あるいは日本をさしおいて、オーストラリア、イギリスと一体化することで、近い将来には、あるいは遠い将来にも、中国がアメリカ陣営を追い越すことはない、経済はともかく少なくとも軍事面ではバランスは取れるという期待と予測をつくり出したように見える。実現可能性はどうか分かりませんが、その意志は明確に見せた。

 ただ、副作用があるということを今のお話で伺いました。よく考えるとアメリカ側を有利にする大きな一手であることは言えるんだけど、アメリカとイギリスとオーストラリアで組んだらフランスが物凄く怒ってAUKUS騒動みたいなものが勃発して、むしろ米欧陣営の間にくさびを打つ出来事のように見えてしまった。中国側もその印象を最大限利用しようとしている。

 少なくとも、このAUKUSが長期的には21世紀全体を通じてアメリカが拠り所にする同盟なんだな、それぐらい本気なんだな、というところは伝わってきていますよね。同時に、同盟は仲間をつくるわけだけど敵もつくるし、仲間じゃない人もつくってしまうところがある。そのあたりがフランス、そして潜在的に日本にとっても、「あなたは一番の仲間じゃないですよ」と言われているようにも見えるわけですよね。

 日本の立ち位置はAUKUSの登場でどう変わったと考えていいのでしょうか。

 

鶴岡 日本へのインプリケーションは極めて重要なのですが、その前に池内さんがおっしゃった軍事バランスという観点で言うと、全体的にはオーストラリアを足したところで、地域的な中国の優位傾向は変わらないのだと思います。ただ、アメリカがいまだにかなり確実な優位を維持しているのが水中、潜水艦の分野です。AUKUSは、それを死守するという決意の表れだと思います。

 オーストラリアは少なくとも8隻つくると言っている。8隻が多いか少ないかは微妙ですが、イギリスは攻撃型原潜のアスチュート級を最終的に7隻つくる予定なんですね。オーストラリアはそれよりもたくさんつくるということなので、本当に可能なのかという疑問が拭えない。ただ、それだけオーストラリアにとっては巨大な投資をして行う国家的プロジェクトで、アメリカにとっても水中、海中の覇権、優位は絶対に手放さないぞ、ということだと思います。

 これに関係するのが日本へのインプリケーションで、AUKUSの発表を聞いて、日本の中にはアンビバレントな違和感や若干ネガティブな反応があったと思います。関係者であればあるほど、そういう反応があった。

 根底のところには日米同盟とAUKUSを比べた時にどうしても隣の芝生が青く見える部分がある。よく日本人とオーストラリア人が議論するとお互いに羨ましがるところがあります。

 オーストラリアからすると、日米同盟は雲の上の凄い同盟に見えることがある。統合度合いが凄いというのではなく、アメリカにとって占める政治的なウェイトが大きい。それがオーストラリアからすると純粋に羨ましい。常にアメリカに対してアピールしていないと忘れられちゃうと言うと語弊があるかもしれませんが、アメリカ大統領が何かする時にオーストラリアとの同盟にいつも言及して持ち上げて盛り立ててくれるとは限らない。

 それに比べると日米同盟は、日本が一緒に戦争を戦うわけではないのにいろいろなところで登場してプレゼンスが大きい。国力が全然違うわけですが、オーストラリアからすると、日米同盟は羨ましいという感覚が若干あるようです。

 でも、日本からは逆の景色が見えて、オーストラリア軍はアメリカと言語も一緒だし、仲良くやっているね、と。また、オーストラリアはアメリカの軍の組織の中に相当入り込んでいる。アメリカ軍の中のポストをオーストラリア人が占めていたりもする。有名な例はアメリカの太平洋陸軍の複数いる副司令官の1人がオーストラリアの陸軍少将であることです。他の例でも、日本からアメリカのカウンターパートだと思って会いに行ったらオーストラリア人が出てくるということもある。入り込み度合い、結合度合いが、どうも日米同盟とは違う空気があるな、ということを見せつけられる。

 お互いないものねだりではありますが、昔からそういう状況があり、今回AUKUSを見せつけられた。

「AUKUSは違う世界の話」という日本の割り切り

鶴岡 そもそもアメリカが原潜の技術を外国に提供するのは、1958年のイギリス以来初めてなんですね。そのイギリスはAUKUSにも入っています。虎の子の機微中の機微な軍事の技術は本当に信用できる永遠の同盟国にしか渡さないということです。日本が欲しいかどうかは別問題ですが、非常に近い国なんですね、と。

 AUKUSの発表の時の米英豪の三首脳の発言を見ていても、「100年以上常に一緒に戦ってきた」というのを強調する。戦った相手には日本も入っているわけで、なかなか素直に喜べない感情の部分が日本の中にはあるかもしれません。

 しかも米英豪は「ファイブ・アイズ」というインテリジェンス共有の5カ国の枠組みのさらにインナーサークルでもある。ファイブ・アイズ自体が閉鎖的なアングロサクソンのグループなわけですが、そのさらにコアグループ。日本からすると、いつもの彼らがやっているんですね、と。批判するというのではなく、現実としてそういうものなんだという受け止めがあるんだと思います。

 それは我々の話ではない、という距離を取ったような感情に繋がる部分があり、ある人は「日米同盟は所詮、外様である」という言い方をしていました。

 原潜みたいな話になると、そもそも日本が作戦上、能力として必要なのかということと、日本が欲しいと言ったらアメリカが認めるのかという議論もある。欲しいと言った後にアメリカが認めてくれないのは格好悪いし、政治的にも避けたいところですね。

 さらに原潜を本当に持つのだとしたら一体的に運用することが重要ですが、同時にそれは主権や自由を失うことでもある。それを日本が政治的に受け入れられるのか、憲法等々の法的制約の中でどこまで一体化が可能なのかは機微な問題です。

 こういうことをいろいろ含めて考えた時に、AUKUSは日本とは違う世界の話なんだという割り切りが、意識的にも無意識的にも浮かび上がってきた。これが日本の受け止め方なのかなと感じています。

フランスのインド太平洋関与は国家の責務

池内 さらにもうすこしヨーロッパについて伺いたいのですが、ここでフランスがあれだけ怒って見せたことの長期的な影響を、今の時点でどのように見ていますか。

 フランスは公の場で怒ったものの、本丸の大統領はアメリカを強く批判することなく、外務大臣が怒った。大統領はトップ交渉で取るものは取るといった落とし所がある。

 いわばAUKUS発表を賑やかにした「サイドショー(添え物)」であって、フランスはちょっと格好悪かったけど、取るものを取ったということで終わるのか。インド太平洋にずっとコミットするのがフランスの道であり、それは今後も変わらないという考え方もありますが、一方で米欧間の懸隔を開いてやろうという考え方を持つ勢力からすれば、大げさな描写ですが、これを機にイギリスがアメリカにベッタリつくとして、大陸ヨーロッパがアメリカから離れて中国に寄っていくという方向に持っていきたい。その可能性はどの程度想定していますか。

 

鶴岡 フランスの中での議論で「もしこれがシャルル・ド・ゴールだったら中国に行っただろう」というのがありましたが、おそらくそういう話ではないのだと思います。

 フランスの怒りは相当本気なので、そこは軽視してはいけないと思いますが、他方で既にご指摘いただいたように、フランスは別にオーストラリアのために、アメリカのためにインド太平洋の安全保障に関与しているわけではありません。フランス自身が南太平洋やインド洋に領土を持っていますし、広大な排他的経済水域を南太平洋に持っていますので、その国民と領土を守るフランスの国家としての責務がある。

 マクロン大統領が強調しているように、フランスのインド太平洋関与は変わらないんだというのは本音だと思います。ただ、AUKUSは屈辱の歴史としてフランスに刻まれることも確実なのだと思います。その結果、どうなるかはまだ分かりませんが、オーストラリアとの関係が何事もなかったかのように再開するのはしばらく無理だと思います。

 ただしフランスとしてもアメリカとずっと対立したいわけでもない。インド太平洋へのフランスの関与を考えても、アメリカとの協力が不可欠だからです。今年5月にフランスの強襲揚陸艦が日本に来て九州で着上陸訓練を行いましたが、その時も日米仏で行い、アメリカが絡んでいる。フランスの原潜も太平洋まで来ましたが、グアムが補給などの重要な拠点になる。

 その重要性はフランスにとっては軍事的に変わらないので、マクロン・バイデンの電話会談が行われた。電話会談後に共同声明を発表するのは手の込んだやり方だったと思いますが、フランスもアメリカも手打ちをしたかった。ブリンケン国務長官もフランスに行って、謝罪はしないけれど、「もっとしっかり協議しておけばよかった」みたいな言い方をした。それはアメリカとしては謝罪に限りなく近い言い方で、フランスの怒りを相当真剣にくみ取ったのだと思います。

 ただ興味深いのは、フランスが怒っている中でヨーロッパの他の国はどうなのかというと、お付き合いで「同盟国がこのような扱いを受けるのは受け入れられない」ということを言った指導者は何人かいましたが、それ以上、広がっていない。フランスとしてはヨーロッパ全体が怒っているというストーリーにしたいわけですが、そこはあまり成功していないのかなと思います。

QuadとAUKUSの微妙な関係

池内 Quadとの関係をお伺いしたいのですが、私が関わっている中東の観点からすると、アメリカは9.11から20周年の9月11日までに中東から退却して、満を持して秘密にしていたAUKUSを打ち出し、世界を驚かせ、一部の同盟国を怒らせ、続いて予定されていた初の対面でのQuad首脳会談に持ち込んだ。その間に国連での演説もありましたが、ほとんど中東のことは話さない。9.11以後の20年がなかったかのような形での中東への言及に留めた。

 それは今度こそアメリカは本気でアジアシフトを進めていますよというストーリーを描いているように見えるのですが、同時にAUKUSでバランスが崩れた感じもあり、その衝撃は大きかった。

 Quadとの関係、Quadの意義はどういう風に再定義されつつあると思いますか。

 

鶴岡 AUKUSとQuadの関係は非常に微妙なのだと思います。

 Quad自体が大きく変容してきた。そもそも安全保障の枠組みとして考えられてきたのが、蓋をあけてみればワクチンや技術を含めた経済安全保障の側面が強くなり、ハードな軍事安全保障の枠組みではなくなった。AUKUSとの役割分担でそうなったと言うと説明としては綺麗なのですが、AUKUSが出てくる前からQuadは経済や技術という方向に舵を切っていたのだと思います。

 今年3月のオンラインでの首脳会談もそうですし、9月の対面での首脳会脳でもそうですが、Quadが安全保障だけではない枠組みになっていくというのは、AUKUSとは関係なく起きている。その方が良いと思ってQuadが変容していったのか、安全保障をやろうとしたけど無理だったので仕方なく経済の方に舵を切ったのか。

 ただ、これは両立すると思うんですね。安全保障をやりたかったけどできなかったと思っている人もいれば、こういうご時世なのでワクチンは重要ですよね、安全保障がどうなろうと関係なくQuadがワクチンの話に使えるじゃないか、と思った人もいたのだと思います。相互排他的な話ではなく結果としてこういうことになっている。

 その中で、日本として使える部分をしっかり使い、日本として協力を深めたい部分を深めるために主導権を取る必要がある。

 AUKUSが面白いのは、今回まずは原潜の支援ということになっていますが、発表文を見るとどうももっと野心的で、防衛と安全保障に関わる技術の部分で「統合する」という言い方を強調している。これがどこまで広がっていくのかはまだ全く見えない。おそらくAUKUS参加国の中でも合意がないのだと思います。

 オーストラリアにとってはとりあえず原潜をつくるのが重要ですから、それ以外のことを考える状況ではないのでしょう。他の技術と言ってもオーストラリアは技術をたくさん持っているわけでもないので、まずは潜水艦というマインドだと思います。

 アメリカはよく分かりませんが、AUKUSでさまざまな分野で協力して地域の秩序の1つの柱になるんだと一番考えているのは、イギリスだと思います。ジョンソン首相が包括的な安全保障のパートナーシップの枠組みだという路線をかなり強くし、発表ではそうした方向になった。

 イギリスが考えているのは、1つは「グローバルブリテン」「インド太平洋傾斜」と言われているインド太平洋地域への関与の拡大でしょう。イギリスはその文脈でAUKUSが使えると考えているはずです。イギリスの発想からすると、将来的にはQuadとの協力とAUKUSを分野によって使い分けることを考えているのだと思います。イギリスがどういう形でQuadに関与するかは分かりませんが。

 ただAUKUSが原潜の協力の枠組みであることを抜けられないと、AUKUSが他の国と協力することは無理だと思います。日本も原潜プロジェクト、それも自分のではなくオーストラリアの原潜プロジェクトに関わりたいかと言うとそうではないと思いますし、アメリカが他国の関与を認めるかも分からない。

 私は少なくとも現状においては、AUKUSが原潜協力枠組みである以上は米英豪の3カ国のみでやるしかないと思っています。

 ただ分野が広がっていくと、どこかの時点で日本やインドが関わってくるかもしれない。インドはハードルが高いかもしれませんが、アメリカの他の同盟国が何らかの形で関わることはあるかもしれません。そうすると地域の秩序の大きな話に繋がる可能性はあるでしょう。

そもそも「同盟以上」だった米英豪

池内 AUKUSが発表されて、驚き、怒り、期待といったさまざまな声が発せられた中で、最大公約数的で肯定的な見方は「インド太平洋の新たな安全保障の同盟枠組みである」ということになりますね。もちろんインド太平洋のNATO(北大西洋条約機構)であるとまではさすがにこの段階では言いませんが、うまくいけばそうなるかもしれないという評価が、ある種の「ご祝儀相場」としてなされた。けれども、今のお話からすると、まだそこまでは言えないということですね。

 つまり、これまで中国に融和的だと見られてきたオーストラリアが、何らかの理由で、おそらく中国からの強い圧迫に耐えかねて、真っ先にアメリカ側に駆け寄った。それはゲームチェンジャーだったけれど、それがさらに広がるかと言うと違う問題である、と。広がってそれがインド太平洋版NATOになるかと言うと、まだそこまではいかないというのが鶴岡先生の見方ということでしょうか。

 

鶴岡 当面は原潜にしっかり集中させるしかないんだと思います。

 ただ、AUKUSについて、「これは同盟ではない」と言った時に、同盟以下のものなのかというと、私は逆だと思っています。AUKUSは明確に同盟以上、同盟より上ということだと思います。

 とはいえ、AUKUSによって3カ国が同盟以上になったのではなく、そもそもこの3カ国は同盟以上だったのです。同盟以上だったから、原潜技術の共有という機微中の機微のことができた。ここが非常に重要な点だと思います。AUKUSによって何かが変わるわけではない。100年以上一緒に戦っていた人たちが、「今度はこれやろうぜ」と言って始めたのがAUKUSなんです。

皮肉なオーストラリアの「先祖返り」

鶴岡 ジョンソン首相が発表の時についオーストラリアは「親戚国家(kindred nation)」だと言ってしまった。これは本来、対外的には避けた方がいい言葉で、「ああ、やっぱりアングロサクソンの親戚が集まったんですね」というイメージになる。米英豪の3カ国にとっても良くないと思いますが、彼らは悪気がないことが多い。

 彼らでつるんでいることが当たり前過ぎるので、他から見れば閉鎖的だということに気付かないときがある。今回の場合、3カ国で盛り上がって、他の国がどう思うかという視点はスポッと抜けていた可能性がある。それはアングロサクソンの彼らが時々やってしまうミスです。

 今回も蓋を開けてみたら、東南アジアからはかなり否定的な反応がある。やっぱりまた白人だけが集まっているんですかという反応もある。

 防衛研究所のオーストラリア専門家の佐竹知彦さんが、過去何十年、オーストラリアはアジアに入る努力をしてきたのに、AUKUSによって先祖返りしてしまうのかもしれないと書いていました。アングロサクソンの先祖に帰るのだとすると、究極な皮肉なんだと思います。AUKUSを通じたオーストラリアの今回の目的は、南シナ海で大きな役割を果たすことで、東南アジアも含めた東アジアの安全保障により深くコミットすることです。

 ただそのAUKUSによってアジアに入る、アジアと一体化するというのが終わりを迎えるのだとしたら、何をやったのか、と。ですから、オーストラリアにとっても正念場なんです。

 アメリカとイギリスにも同じことが言えて、ファイブ・アイズ、その中のコアグループ、ということが前面に出てくると、フランスのような国からあれだけの反発を招きますし、日本でも突き放したような見方がある。そのあたりをあわせて考えた時に、イメージやアイデンティティに関わる微妙な話ですが、相手の反応をどうマネージできるのかというところを今後真剣に考えなければならないのかなと思います。

 

池内 アメリカを中心とした陣営のコアグループの結束を固め、軍事バランスからすれば死活的な原潜の技術を安心して信頼して共有し合える3カ国がまとまった。

 それは意図から言えばヨーロッパにとってもアジアにとっても、ヨーロッパとアジアのアメリカ陣営の国々には良いことだと言えると思いますが、それがかえって大陸ヨーロッパとの分断をもたらす。オーストラリアが実際にはアジアに入って行こうとしているのに逆にアジア離れするというような、意図せざる逆効果がAUKUSにはあると警鐘を鳴らしておくべきということなのでしょう。

核不拡散体制に関する懸念

鶴岡 まさにそうだと思います。もう1つ厄介なのは、原潜技術を他国に供与する、とくに核兵器を持っていない国に供与する前例ができてしまうこと。世界の不拡散体制の観点で懸念を表明する人がいます。

 アメリカやイギリスが使っている原潜の燃料は兵器級に高濃縮されたウランですが、世界の多くの国では認められていません。イランが「これは潜水艦用だ」と言って高濃縮することを国際社会が認めますかということにもなりかねない。

 インドはいまロシアから潜水艦を借りて一生懸命技術をつくっているところですが、インドとしてみれば、「フランスから原潜技術をもらえないかな」と当然思いますよね。

 また韓国は以前から原潜を持ちたいという意思を明らかにしていますが、アメリカがずっと首を縦に振らなかった。そうすると、韓国にとって新しいオプションが生まれたかもしれない。「アメリカがNOと言い続けるなら、フランスと相談しよう」と。

 またブラジルの潜水艦プロジェクトはフランスが支援していますが、通常動力の部分しか支援しておらず、ブラジルは独自に開発して原子力の動力をつくろうとしているんです。

 ただ、原潜技術の輸出が世界で当たり前になると、フランスも自分の技術の流出に注意を払いつつも、オプションとしては検討するようになるはずです。そうすると韓国やインド、ブラジルが原潜を持った時に、イランが「これは核兵器ではありません、原潜です」と言って高濃縮ウランの必要性を訴えたら、国際社会にとってはかなり厄介になる。

 世界へのインプリケーションを考えた時に、オーストラリアが良くてどうしてうちはダメなのかという声にどういうロジックで対処できるのか。これは相当、頭を使って考えないと解決できない問題なのかなという気がしています。

 

池内 AUKUSの衝撃はとどまるところがないようであります。今後も波紋を広げていきそうです。大変勉強になりました。ありがとうございました。

 

                 (2021年10月6日収録)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
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