やっぱり残るは食欲 (9)

五十玉の行方

執筆者:阿川佐和子 2023年4月15日
カテゴリ: カルチャー
エリア: アジア
玉ねぎ50玉! あなたならどうやって食べる?(写真はイメージです)

 ふるさと納税を利用して、返礼品に淡路島の玉ねぎを注文した。まもなく段ボール箱いっぱいの玉ねぎが届いた。二十キロ。個数にすると、大玉が五十個はありそうだ。日持ちがするし、必ず使うと思って選んだ玉ねぎではあるが、さすがに多いぞ。

 当然のことながら冷蔵庫には入り切らない。段ボール箱ごとベランダに置く。寒い季節の間は大丈夫だろう。そして私の玉ねぎとのディープな生活が始まった。

 新鮮なうちはもっぱら生で食べる。薄く切ってサラダに乗せ、あるいはみじん切りにしてドレッシングと合わせる。

 玉ねぎだけのサラダもいい。スライスした玉ねぎを冷水にさらし、よく水を切って鉢に盛り、上から酢醤油でもマヨネーズでもドレッシングでも好きなようにかけて食らいつく。五十代から、「あなたの血管は七十八歳」と宣告された動脈硬化気味の私にとって、なによりの薬でもある。血液さらさらになあれ、血液さらさらになあれ。唱えながら毎日、生玉ねぎを口に運んだ。そのうち、飽きた。

 他にもカレーのときに多めに使ったり、みそ汁に入れたりすき焼きに加えたり、おでんの具にしたり、なんだかんだで玉ねぎを頻繁に登場させた。でもたいして減らない。

 他に玉ねぎをたくさん使うおいしい食べ方はないものか。そこで思い出したのがオニオングラタンスープである。昔から、玉ねぎが余ったときはいつもオニオングラタンを作ってきた。大量に消費するにはもってこいだ。

 少し深さのあるフライパンにオリーブオイルを引き、みじん切りにしたニンニクと、薄切りにした(さほど厳密に薄く切らなくても、どうせ炒めればトロトロにとける)玉ねぎを山ができるほどたっぷり投入し、中火でじっくり炒める。この「たっぷり」と「じっくり」が肝である。これらを怠ると、おいしいオニオングラタンスープはできない。だからこのスープを作るときは、たっぷりの玉ねぎと、たっぷり時間があるときにじっくり作ることがふさわしい。

 とはいえ、「飴色になるまで炒める」とたいていのレシピに書いてあるこの「飴色」がどれぐらいの「飴色」であるかがよくわからない。いつも加減を忘れてしまう。焦げ目とは違う。でもほどよく焦がすことが大事だ。うーむ。せっかちな私は、長時間玉ねぎと対峙しているのが面倒になり、「ま、これくらいでいっか」という段階で水を注いでしまう。たぶん、今回はことのほかせっかちだった。その結果、感動するほどおいしいオニオングラタンスープにはならなかった。

 やはり炒め方が足りなかったか。それともバターをケチったせいかもしれない。あるいは、上に乗せるバゲットの用意がなかったので食パンの耳を使ったからだろうか。いやいや、チーズが古かったかもしれない。あれやこれやの手抜きが複合的に作用して、味が落ちたと思われる。

 私は自分の過失をさておいて、結論づけた。オニオングラタンスープは胃に重すぎる。もはやカップ一杯食せるような年齢ではなくなったのだと。

 しかし玉ねぎはまだ大量にある。他にたくさん使う料理はなかっただろうか。

 そのときふと思いついた。そうだ、辰巳芳子さんの本に「玉ねぎスープ」のレシピがあったはずだ。すぐさま辰巳先生の本を……

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執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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