アメリカ国内の「中国を切り離すな、依らしめよ」論(2023年 第Ⅰ号‐2)

アメリカは経済の領域で「鉄のカーテン」を下ろすべきではないとヘンリー・ポールソンは指摘する[上海モーターショーでレクサスのブースを訪れる人々=2023年4月20日](C)AFP=時事
一方でアメリカの「覇権外交」を非難し、他方で米中関係の重要性と関係改善を求める中国。その支離滅裂にも感じられる行動は、政府内の部局や立場の違いによって対米アプローチが大きく乖離していることの証左だろう。ただし、中国がアメリカ批判とともに展開してきたグローバルサウスへのアプローチは、実際、無視できない成果を上げ始めた。アメリカ国内でも特に産業界を中心に、対中デカップリングがアメリカの利益を損なうとの批判が上がっている。(第1部はこちらからお読みになれます)

3.揺れ動く中国の立ち位置

orm">■「欧州との関係改善」と「中ロ関係発展」の両睨み

 ウクライナでの戦争が1年を超えて続く中で、中国は自らがどのような役割を担うべきか、明確な姿勢を示せないでいる。国際社会における自らの立ち位置についての中国の動揺が見られるのだ。

 中国国際問題研究院欧州所所長の崔洪建は中国がヨーロッパとの協調関係を発展させる意義を説き、ウクライナ危機をめぐる両者の姿勢の違いによって中国と欧州の関係の発展を阻害すべきではないと論じる[崔洪建(Cui Hongjian)「别再让乌克兰危机绑架中欧关系(ウクライナ危機が欧中関係を再び拉致するべきでない)」、『环球⽹』、2023年1⽉4⽇]。欧州諸国は、中国が「ロシアを公式に非難する」ことや、「対ロシア制裁に参加する」ことを求めているが、それは現実的ではない。ヨーロッパは感情的になって、自らの立場が唯一の正義だと考える傾向がある。崔洪建は、ロシア・ウクライナ戦争の行方に左右されることなく、その関係の重要性を考慮して、中国と欧州の関係を育む必要を説いている。

 他方で、『環球時報』紙の2月21日の社説では、「中露友好は世界の財産である」と題して、混乱する国際情勢の中では中ロ関係の安定的な発展がむしろ世界の財産になると説いている。アメリカはウクライナへ軍事援助を行うことで火に油を注ぐ一方で、中国はむしろロシアとの安定した関係を維持して、建設的な役割を果たしていると唱えるのだ[「社评:中俄友好,这是世界的正资产(社説:中ロ友好は世界の財産である)」、『环球⽹』、2023年2⽉21⽇]。

 ちょうどこのとき、中国共産党の王毅中央政治局委員が欧州諸国を訪問することになっていた。欧米が基本的にロシアとの関係を断っているのに対して、中ロ間で意見交換を行うことはむしろ、国際情勢の安定化や世界平和に利する。そもそもアメリカは、ロシア・ウクライナ戦争とは関係なく、それ以前から中ロ関係の発展を望んでいなかったではないか。あくまでも中ロ関係とは、二つの主権国家間の関係の範囲内の問題だというのが、この『環球時報』社説の骨子である。

 また、王毅はロシア訪問だけでなく、ドイツのミュンヘンでドミトロ・クレバ外相とも会談を行い、政治的解決へ向けた提案を行っている。この社説は、世界が混乱して、ウクライナ戦争が複雑化する中で、中ロ関係の発展を資産であると位置づける。対話やコミュニケーションがなければ、地域や世界の問題解決には繋がらず、状況は悪化することを過去の多くの歴史経験が示しているとも強調する。だが、一方では欧州諸国との関係改善を望み、もう一方では中ロ関係を「世界の財産」と賞賛する中国が目指す外交の方向性が見えてこない。

 中国の新しい外交部長(外相)のポストには、それまで駐米大使であった秦剛が就いた。秦剛は駐米大使としての自らの軌跡を回顧しながら、米中関係についての考えを『ワシントン・ポスト』紙に寄せている[Qin Gang, “oreign-minister-ambassador-goodbye/" target="_blank">Qin Gang: The planetʼs future depends on a stable China-U.S. relationship(秦剛―地球の未来は安定した⽶中関係にかかっている)”, The Washington Post, January 4, 2023]。そこでは、「米中関係の発展は、外交部長としても重要な任務であり続ける」と述べ、世界全体での米中関係の重要性を強調する。また、米中関係は、一方が相手を打ち負かすようなゼロサムゲームではあってはならないと論じる。世界は、米中がともに発展し、繁栄するのに十分な広さを持つ。駐米大使の任務を終えるにあたって、詩人のT・S・エリオットの「終止符を打つということは、新たな始まりでもある」という言葉を引用して、外交部長としても米中関係の発展のために尽力する意気込みを示している。

 だが、そのような秦剛の前向きな姿勢に反して、米中関係は前途多難である。今年2月には、中国の気球がアメリカ領空に侵入した事件が発生したことで、両国関係は冷却化した。復旦大学米国研究センター教授の張家棟は、『環球時報』紙に寄せた論稿で、この「不可抗力による偶発事件」に対するアメリカの反応を批判した[張家棟(Zhang Jiadong)「中⽅对等反制,美⽅更应反思其⽆上限炒作(中国が対抗措置に出る中、アメリカは無限の誇張を反省するべきだ)」、『环球⽹』、2023年2⽉16⽇]。張は、そのようなバイデン政権の「過剰な反応」をアメリカ国内政治の影響であると分析し、「アメリカ国内の反中勢力が、政権や世論を拉致している」と論じる。そもそも、物理的被害が出ていないのにも拘わらず、アメリカ政府が対立をエスカレートさせているのは常識から外れ、理性的ではないという。実際に、この気球事件は、一時的に改善に向かう気配が見られた米中関係を、悪化させる効果を有した。

orm">■「モンロー主義のグローバル化」との見立て

 もちろん問題は中国にある。韓国の保守系『朝鮮日報』紙の社説では、「他国の主権など眼中にない中国は、韓国の領空もかき回したはず」と題して、他国の主権や、領土、領空を尊重するという国際秩序の基本を守らない中国の行動を厳しく批判する[ orial/2023/02/11/23LZT6SI6JCBBKPHSE2HLEA6ZY/" target="_blank">[사설] 남의 주권은 안중에 없는 中, 한국 영공도 휘저었을 것( [社説]他国の主権など眼中にない中国は、韓国の領空もかき回したはず)、『朝鮮日報』、2023年2⽉11⽇]。この社説によれば、中国は世界全体で50カ国以上、100カ所以上の、いわゆる秘密警察署を極秘に運営し、さらには南シナ海で他国の領海に人工島を建設することで、その主権や領域を平然と侵犯している。また中国の偵察用気球については、「東アジアやヨーロッパで、少なくとも5つの大陸、40カ国以上で探知されている」というアメリカ政府の見解を引用している。

 日本政府も、2020年および21年に自国領内で同様の偵察用気球を発見したことを明らかにしている。韓国もまた、米軍基地があることからも、そのような気球の偵察対象となるだろう。これまで対中関係を重視して、配慮を示すことが多かった韓国でも、近年は保守系のメディアを中心に、中国の傍若無人で他者の主権や領土を軽視する姿勢に苛立ちを示すことが多い。

 米中関係の今後が困難であることは、中国国内でもしばしば指摘されている。中国の外交学院国際関係研究所教授の李海東による『環球時報』の論稿からも、米中関係の改善は多難であることがうかがえる[李海東(Li Haidong)「美国“三霸”外交贻害世界(アメリカの三覇外交は世界へ損害をもたらす)」、『环球⽹』、2023年2⽉14⽇]。そこでは、アメリカの「覇権外交」を厳しく批判して、それがかつてのモンロー主義がグローバル化した結果であり、世界全体で自らの価値を押しつけようとしていると論じる。アメリカの対外政策が、アメリカによる「覇権」、「覇凌(いじめ)」、「覇道」という、いわば「三覇」外交の性質を有するとして、それに抵抗するべきだと唱える。

 李はまたアメリカの、民主主義を旗印とした「三覇」外交は、独特で危険な伝統が由来となっているという。すなわち、モンロー主義の世界的な適用である。いわば、アメリカのみが世界の問題に介入すべきだという、「グローバル・モンロー・ドクトリン化」だ。アメリカはNATO拡大を通じてヨーロッパのアメリカ依存を強めさせ、中東の紛争にも介入し、アジア太平洋地域では安全保障システムの構築により中国を弱体化させようとしていると指摘するのだ。

 このように、中国では強力な「被害妄想」のようなものも見られる。それが、無人偵察気球事件に対する反応の背景にある。一方でアメリカの世界での行動を徹底して非難し、それに対抗する姿勢を示しながら、他方で米中関係の重要性と関係改善を求める中国の対外行動は、支離滅裂にも感じられるだろう。それは、中国政府内の異なる部局や、異なる立場によって、対米アプローチが大きく乖離しており、統一的な政策を有していないことの証左であろう。

4.グローバルサウスに向かう中国

orm">■「途上国では最大の1人当たりGDPを誇る国」として

 中国の秦剛外交部長は、新年最初の外国訪問先としてアフリカを選び、1月9日から16日までエチオピアやエジプトなどの5カ国を訪問している。それを受けて中国社会科学院西アジア・アフリカ研究所研究員の賀文萍は、『中美聚焦』誌に寄せた論稿の中で、新年の秦剛外交部長のアフリカ訪問は、中国外交がアフリカを重要視している表れであり、欧米諸国とは異なる歴史的背景を有する中国は、アフリカ諸国と対等な関係を構築しているのだと主張する[賀文萍 (He Wenping) 「oreign-policy/20230117/42757.html" target="_blank">中国外长新年⾸访⾮洲:新⾯孔传承⽼传统(中国外交部⻑が新年にアフリカを初訪問:新たな顔が受け継ぐ伝統)」、『中美聚焦』、2023年1⽉17⽇]。そもそも、新年に中国の外交部長がアフリカ諸国を訪問することは、1991年の銭其琛以降の伝統となっており、中国・アフリカ関係が中国外交の「基礎の基礎である」と賀は説明している。われわれが通常考える以上に、中国とアフリカ諸国の絆は強いと捉えるべきだ。

 中国は世界第2位の経済大国でありながら、その「途上国では最大の1人当たりGDP(国内総生産)を誇る国」という立ち位置に対して、西側列強の植民地支配からの独立と発展を目指すアフリカ諸国は親近感を抱くと指摘される。中国としても、「一帯一路」建設と「一つの中国」原則の堅持のためには、アフリカ諸国の支援が不可欠であろう。秦剛外交部長のアフリカ訪問を受けて、アフリカ連合(AU)のムーサ・ファキ・マハマト委員長は、「アフリカは平等の尊重を基に、国益のためにはすべての国と協力するべきだ」と述べている。欧米諸国は南北協力において条件付きで援助を行っているが、中国はアフリカと対等に接している。また、アフリカ諸国の内政に干渉することもない。中国はこのような形をとりながら、グローバルサウスの中核を占めるアフリカ諸国に対して、積極的に関係強化を試みていることが分かる。

orm">■米企業は「有志連合」の中でも損をしている?

 中国のこのような積極的な外交とは対照的に、グローバルサウスとの関係において先進諸国は依然として認識の乖離が垣間見える。アメリカの外交評論家のウォルター・ラッセル・ミードは、「世界はウィルソン主義的秩序を拒んでいる」と題する論評を『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に掲載して、アメリカのアプローチを批判している[Walter Russell Mead, “orld-rejects-the-wilsonian-order-global-south-lula-putin-ukraine-international-organizations-woodrow-wilson-united-nations-11675720087" target="_blank">The World Rejects the Wilsonian Order(世界はウィルソン主義的秩序を拒んでいる)”, The Wall Street Journal, February 6, 2023]。欧米諸国がウィルソン主義的な理念を掲げて、民主主義や人権といった自らの理念を拡げようとしていることへの抵抗が、グローバルサウスでは色濃く見られるのだ。ブラジルやインド、南アフリカなどの諸国は、そのようなウィルソン主義のための「聖戦」に参戦することを望んでいない。いわば、そのような西側の「支配の道具」として、そのような理念が用いられることへの疑念が横たわっている。富裕な諸国の人々は、グローバルサウスがいかにして、西側の世界システムから疎外されているのかを理解できていない。かつてウッドロー・ウィルソン大統領が挫折したよりも、さらに大きな挫折を現代のウィルソン主義者たちが経験しないよう願っていると、ミードは警鐘を鳴らす。グローバルサウスにおいては、明らかに中国のようなアプローチが有効であることが、そこからは感じることができる。

 ブッシュ(子)政権で財務長官を務めたヘンリー・ポールソンは、『フォーリン・アフェアーズ』誌に「アメリカの対中政策は機能していない」と題する論稿を掲載して、アメリカのデカップリング政策がアメリカの利益となるような米中協力の機会を損なっていると批判する[Henry M. Paulson, Jr., “oreignaffairs.com/china/americas-china-policy-not-working" target="_blank">Americaʼs China Policy Is Not Working(アメリカの対中政策は機能していない)”, Foreign Affairs, January 26, 2023]。そもそも、アメリカの同盟諸国も中国経済とのデカップリングを望んでいない。コロナ禍を契機として、アメリカと中国の両国は、相互の政治体制や政策を批判して、よりいっそう敵対視するようになった。米中関係はあらゆる局面で衝突をするようになり、そのことはアメリカ企業を同盟諸国のそれに比べて不利な立場に追い込んでいる。アメリカ政府は、アジアやヨーロッパの民主主義諸国と「有志連合」を結成して中国と対峙しようとしているが、アメリカほど極端なデカップリングを求めている国はいない。ポールソンによれば、部分的な対中規制やデカップリングは不可避だが、アメリカは経済の領域で「鉄のカーテン」を下ろすべきではない。むしろ、中国と交渉をしてでも、アメリカがグローバルな市場で有利となるような機会を得るべきである。ジョー・バイデン大統領は、中国よりもむしろアメリカに対してより大きな不利益をもたらすような現在の政治的風潮に抵抗するべきだと主張する。

 同様に、新米国安全保障センター(CNAS)副所長のポール・シャーレもとりわけ半導体の領域での包括的な対中輸出規制が、かえってアメリカから独立した半導体供給網を中国が構築する好機を与えてしまうとして、バイデン政権のデカップリング政策を批判する[Paul Scharre, “oreignpolicy.com/2023/01/13/china-decoupling-chips-america/" target="_blank">Decoupling Wastes U.S. Leverage on China(デカップリングはアメリカが持つ中国へのレバレッジを浪費する)”, Foreign Policy, January 13, 2023]。昨年10月にバイデン政権は、包括的な対中半導体輸出規制策を発表した。だがこの措置は、すでに多くの論者が指摘するように、アメリカの安全保障をむしろ害する可能性があり、中国をアメリカの技術に依存させた状態を継続させておくほうがむしろ望ましいとする。このようなアメリカの措置は、中国を中心とした新しいサプライチェーンや、半導体供給網の構築を促進する。アメリカの友好国からだけではなく、アメリカ国内からもそのようなアメリカのデカップリング政策への批判が見られることに、留意すべきであろう。

orm">■イラン大統領が『人民日報』に寄稿

 他方で、ブッシュ(子)政権で国務副次官補を務めた、現在カーネギー国際平和財団副所長のエヴァン・ファイゲンバウムと、財務省外国資産管理局長を務めたアダム・シュビンの共著論文「中国がウクライナ戦争から学んできたこと」は、中国が台湾侵攻を行った場合、西側諸国の包括的な経済制裁は中国にとって巨大な打撃になると予測する[Evan A. Feigenbaum and Adam Szubin, “oreignaffairs.com/china/what-china-has-learned-ukraine-war" target="_blank">What China Has Learned From the Ukraine War(中国がウクライナ戦争から学んできたこと)”, Foreign Affairs, February 14, 2023]。今回のウクライナ侵略に際して、ロシアは、2014年のクリミア併合の際とは比較にならない規模の制裁、すなわち資産凍結、金融制裁、SWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除を受けることになった。すでに深く国際経済に埋め込まれている中国が、中国独自の国際決済システムや人民元に、西側経済を代替させることは不可能に近い。アメリカは、自らが持つ最大の「経済的武器」が、そのような経済制裁を可能とするような「国際的パートナーシップ」であることを自覚すべきであると二人はいう。そして、そのことは中国が武力を行使する可能性を低減させるかもしれないのだ。

 アメリカによる対中デカップリング政策は、結果として、中国外交がよりいっそう欧米諸国から離れて、グローバルサウス諸国との関係を強化する方向へと向かわせる作用を果たしている。

 たとえば、今年の2月14日からイランのエブラーヒーム・ライースィー大統領は中国を訪問して、習近平国家主席との首脳会談を行っている。ライースィー大統領はその機会に『人民日報』紙に寄稿して、アメリカの「覇権主義」への反対を表明した。また、西側諸国を牽制するとともにイランと中国の長い歴史と友好関係に触れて、「一帯一路」構想に基づいた中国との協力関係の強化を語っている[易⼘拉欣·莱希(Ebrahim Raisi)「⽼朋友是未来合作的最好伙伴(旧友は未来の協⼒のための最良のパートナーである)」、『⼈⺠⽹』、2023年2⽉13⽇]。ライースィー大統領は、イランと中国はシルクロードを通じて輝かしい歴史を紡ぎ、人類の共同幸福のために協力し、歴史上に美しい記憶を遺したのだと述べ、現在中国が進めている、シルクロードを復活させる「一帯一路」構想は、再び両国の運命を結びつけているという。そしてイランと中国は、単独行動主義や暴力的手段の行使が世界的な危機や不安の根源となっていることからも、むしろ多国間主義や公正な国際秩序を実現するために協力していくべきだと論じられている。おそらく、ここで書かれているように、イランはアメリカと外交関係が存在せず、依然として敵対的な対立状態が続いていることもあり、国際的孤立から脱するためには中国との関係強化が有益と考えているのだろう。それはまた、中国が仲介役となって、7年前に外交を断行していたイランとサウジアラビアが再び外交関係樹立と関係改善へと動き始めたこととも無関係ではない。アメリカに代わって、中東では中国が中心的な大国として信頼を集めつつあることを、日本と欧米諸国は無視すべきではない。

5.混迷する台湾情勢

orm">■認知戦による攻撃が総統選に向けて活発化

 そのような中国にとっての最大の懸案が、台湾の将来、そして「一つの中国」原則の動揺であろう。

 昨年8月のナンシー・ペロシ米国下院議長の台湾訪問は、中国による強い批判や反発を招く結果となった。昨年秋のアメリカ中間選挙の際に共和党のケヴィン・マッカーシー下院議員が中国を批判して、下院議長に就任した場合には自らが台湾訪問を行うことを公約に掲げたことは、中台関係にさらなる波紋を拡げていた。台湾のメディアでは、どのように両岸関係を進めていくべきかをめぐり、さまざまな論考が見られた。

 民進党に近い『自由時報』紙では、2月8日の社説の中で、ロシアと中国がルールに基づいた国際秩序を自らに都合の良いように書き換えるために、地球上のあらゆる場所に意図的に「レッドライン(紅線)」を引いていると批判する。いわば、他国に対して中国は、何をして良くて、何をしてはいけないかを指図し、常に警告をしているのだ[「社論:紅線(社説:レッドライン)」、『自由時報』、2023年2月8日]。他方で中ロ両国ともに、国際的なルールや協定に対して、自らは選択的にしか遵守していないとも同社説は指摘する。たとえばロシアは2014年のミンスク合意を無視しており、さらに中国は香港に対する1984年の英中共同声明での「一国二制度」を返還後50年は保障するという自らの約束を反故にした。

 確かに、西側諸国はそのようなロシアや中国に対して自らの「レッドライン」を引き、その行動を阻止し警告しなければ、状況はよりひどくなるだろう。最近ではバイデン大統領が、中国が台湾を軍事攻撃した場合に、アメリカは台湾を守ると明言し、中国の繰り返しの挑発的な行動に対するアメリカの「レッドライン」を明らかにした。北京の設定する「レッドライン」に一方的に屈するのではなく、相手の挑発に対して一線を画することによってのみ、台湾海峡の安定と平和を確保することができるはずだ。

 ところで、昨年11月26日に台湾で行われた、4年に1度の統一地方選挙では、与党の民進党が敗北して、野党の国民党が議席を増やした。もともと国民党が地方では強固な地盤を有しているとはいえ、それを受けて従来の台湾の両岸政策を修正する必要も指摘されるようになった。例えば、国民党寄りと見られる『中国時報』の2月10日の社説は、蔡英文政権がよりいっそうビジネス・コミュニティの要望にも耳を傾けて、両岸関係の改善に努力するべきだと主張する[「中時社論:蔡政府應奉兩岸政策為上位(社説:蔡政権は対中政策を最優先すべきだ)」、『中国時報』、2023年2⽉10⽇]。今年の春節前後から政府はコロナ禍で停止していた台中間の交流を再開すると表明した。この社説ではそれを良い潮流だと評価して、対中政策を政府の最優先事項にするべきだという。

 他方、1月6日付の『自由時報』紙の社説では、今回の統一地方選挙では民進党は、「戦争を煽っている」と野党から批判されることで、獲得票が減少したと総括される[「社論:抗中保台要更落實⽽⾮調整 (社説:中国に対抗して台湾を守る戦略は調整するよりも具体化すべきだ)」、『自由時報』、2023年1⽉6⽇]。来年の台湾での総統選挙に向けて、中国はよりいっそう台湾に圧力をかけてくるであろう。この社説によれば、地方レベルでの選挙では与野党間での政策の違いが限られていることからも、戦争の恐怖を煽るような認知戦の影響が大きくなるという。統一地方選挙でも、蔡英文政権が戦争を煽っているという認知戦による攻撃によって、有権者の不安が拡大したのであろう。

 中国は侵略目標を放棄しておらず、常に脅威であるということは変わらない。とりわけ来年の国政選挙に至るまで認知戦を強化するであろう。「戦争を煽っている」という批判に過敏になり、台湾が自らの行動を制限するようになれば、それはまさに中国の罠にはまることを意味している。このようにして、台湾内部で深刻な対中政策の亀裂が見られることも、台湾の将来を考える際の不安材料であろう。

orm">■抑止力の強化こそが優先との指摘

 懸念すべきは、中国による認知戦のみではない。1月9日、アメリカのシンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は台湾有事に関するシミュレーションの報告書を発表して、注目された。「来たる戦争の緒戦―机上演習から見る中国の台湾侵攻」と題する165ページにもなるこの報告書は、中国が強襲上陸作戦による侵略を試みた際に、どのような結果がもたらされるかを克明に予測している[Mark F. Cancian, Matthew Cancian, Eric Heginbotham, “org/analysis/first-battle-next-war-wargaming-chinese-invasion-taiwan" target="_blank">The First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan(来たる戦争の緒戦ー机上演習から見る中国の台湾侵攻)”, CSIS, January 9, 2023]。アメリカと台湾、日本は、多くのパターンで中国の侵略を阻止して台湾独立を守ることに成功するが、それはあまりにも巨大な犠牲を伴うものとなる。アメリカとその同盟国は、数十隻の艦艇、数百機の戦闘機、そして数万人もの兵士の人命を失うことになる。アメリカは戦争後、グローバルな地位を低下させ、また中国も大きなダメージを受けて共産党の正統性が揺らぐことになる――このような結果を示したシミュレーションが導くのは、戦争を起こさないような抑止力の強化が最優先事項ということだ。アメリカや日本は、両国間の外交協力、軍事協力を深め、さらには台湾の地上兵力増強を支援し、日本やグアムでの軍事基地の能力と抗堪性を高める必要がある。

 そのような潮流の中で、2月20日の『ワシントン・ポスト』紙では、かつて国務省政策企画室のスタッフも務めたコーネル大学のジェシカ・チェン・ワイス教授が、「アメリカは台湾問題をめぐり中国を刺激するのではなく、抑止すべきだ」と題する論考を寄せた。そこでは、「一つの中国」政策を撤廃することへの懸念を表明して、アメリカは戦わずに勝てる方法を模索するべきだと提案する[Jessica Chen Weiss, “The U.S. should deter ̶ not provoke ̶ Beijing over Taiwan. Hereʼs how.(アメリカは台湾問題をめぐり中国を刺激するのではなく、抑止すべきだ。その方策)”, The Washington Post, February 20, 2023]。まずは、戦争は不可避だという想定から抜け出すことが重要で、抑止力の強化こそが優先されるべき選択肢だとワイスは主張する。確かに、中国政府の台湾をめぐる意向がどのようなものか、正確に理解することは難しい。だが、アメリカ国内でも、中国国内でも、戦争を回避しながらも自らの戦略目標を実現するべきだという認識が主流であることは、見て取れるのではないか。 (2023年 第Ⅰ号、了)

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)(エーピーアイこくさいせいじろんだんれびゅー)
米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)について:https://apinitiative.org/
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