米中デカップリング時代の韓国経済――日本との類似点と相違点

執筆者:武田淳 2023年5月24日
エリア: アジア
広島サミットでの日韓首脳会談を前に握手する岸田文雄首相(右)と韓国の尹錫悦大統領=5月21日、広島市中区の広島国際会議場 (C)時事
尹政権の下で急速に関係改善が進む日韓両国は、米中対立が激化する中、経済面でも共通の課題を多く抱えている。中国との距離感の測り方では依然として相違点もあるが、大きな流れとしては日韓両国とも対中依存度の引き下げが必須となる。

 

 日韓関係が急速に改善している。きっかけは、3月に尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が「半ば捨て身」の訪日を強行したことである。尹政権の外交戦略としては、5月のG7広島サミットで尹大統領が初来日し、それを起点に関係改善を加速させるプランが最も現実的な選択肢だったはずである。目下の懸案事項である元徴用工問題について国内世論が納得する出口を準備しないまま進めると、来年4月の総選挙に向けて逆風が強まりかねないからである。

 現在、尹大統領の与党「国民の力」の議席数(定数300)は115に過ぎず、円滑な政策運営のため次回総選挙での過半数獲得は必須である。ところが、尹大統領は元徴用工に対する賠償責任を韓国政府傘下の財団に負わせる「解決策」を手土産に3月の訪日を決めた。国内では日本企業による賠償を求める声が燻っているにもかかわらず、である。

岸田首相が呼応、予想以上のペースで進む関係改善

 日本政府も、尹大統領の動きに呼応するように半導体原料3品目の輸出管理を緩和、韓国を輸出管理上の優遇国(ホワイト国)に戻すなど、日韓関係の正常化を進めた。さらに、岸田文雄首相はG7サミット直前の5月7日に訪韓。G7サミットでは尹大統領の訪日が決まっており、3月から連続訪日となれば、日本に譲歩し過ぎる「屈辱外交」だとの批判が一層強まろう。そうした懸念に配慮する形で、日韓トップのシャトル外交がスタートした

 これに先立つ4月17日、5年ぶりとなる日韓安全保障対話がソウルで開催、北朝鮮対応やインド太平洋地域での協力に関して意見を交換、安全保障面での協力強化を進めることで合意した。また、5月2日には鈴木俊一財務相が訪韓、7年ぶりの日韓財務相会談を実施、「財務対話」を再開し経済面でも関係改善を進めることで合意した。当面の注目点は金融市場が混乱した際にドルや円などを融通し合う「通貨スワップ協定」の再締結であるが、世界経済や国際社会における課題への対応のほか、地政学的なリスク、サプライチェーンの不安などの問題意識が共有されており、今後、幅広いテーマで連携を深めていくこととなろう。

 そして、5年ぶりの総理大臣訪韓となったソウルでの首脳会談で岸田首相は、歴史認識について歴代内閣の立場を引き継ぐ考えを示したうえで、「多数の方々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む」との個人の思いを伝えた。報道によると、ここまでの踏み込んだ表現は岸田首相の判断だそうである。これは、尹大統領が米紙のインタビューで「100年前の歴史を理由に日本人にひざまずけという考えは受け入れられない」とし、韓国内の一部から強い批判を受けながらも揺らぐことなく未来志向で日韓関係の改善に突き進む姿勢を示したことに対する、岸田首相の返答なのであろう。

地政学的立ち位置が酷似する日韓

 このように、韓国が日本と、首脳間の信頼関係を着実に築きながら関係改善を進める背景として、米中対立が激化する中、経済的・地政学的に両国の置かれた状況に類似点が多いことが指摘できよう。経済面では、まず、輸出に依存する度合いが大きいことである。GDPに占める輸出の割合(2017~22年平均)は、日本が18%、韓国に至っては42%にも達しており、同じ先進国である米国(11%)を大きく上回っている。

 さらに、輸出に占める米中両国の割合が大きいことも共通している。日本の輸出に占める中国(含む香港)の割合は25%で1位、米国は19%で2位、両国を合わせると44%にも上る。同様に韓国も、中国が31%、米国は14%を占め、計45%に達する。

 エネルギー資源の多くを輸入に頼っているという経済構造も共通している。資源エネルギー庁によると、一次エネルギーの自給率(2019年)は日本で12%、韓国でも18%に過ぎず、その結果、輸入に占めるエネルギー資源(原油、石炭、天然ガス)の割合は、最近5年間の平均で日本は22%、韓国は25%にも上る。

 政治・社会面では、ともに少子高齢化が進んでいる。国連統計によると、2021年の高齢化率(65歳以上人口の割合)は日本の29.8%に対して韓国は16.7%とまだ低い。ただ、合計特殊生率は日本の1.30(2021年)に対して韓国は0.78(2022年)まで低下しているため、世界銀行の人口予測に基づけば2050年の高齢化率は日本の37.5%に対して韓国は39.4%と日本を上回る。ともに高齢者が人口の4割近くを占める超高齢化が見込まれている。

 そして、日韓は民主主義という価値観を共有しているが、その延長線上で、同盟国であり対中露の急先鋒である米国から、ともに経済安全保障の観点で強いプレッシャーを受けている。半導体分野では昨年10月に米国が対中輸出管理、今年3月には投資規制をそれぞれ強化し、この流れに沿って日本はオランダとともに強みを持つ半導体製造装置の対中輸出規制について米国と足並みを揃えることを決めた。半導体の製造に強みを持つ韓国は、中国が米国の半導体メーカーの販売を制限した場合、韓国メーカーがその穴埋めをしないよう米国に要請されている。尹大統領は、中国の「経済的威圧に立ち向かう」ことを4月の訪米時に合意するなど、日韓とも米国の経済安全保障戦略に取り込まれつつある。

日本よりも中国との距離感を計りにくい韓国

 一方、輸入を合わせて見ると日韓の貿易構造には異なる面もある。

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
武田淳(たけだあつし) 伊藤忠総研・代表取締役社長/チーフエコノミスト。1990年 3月、大阪大学工学部応用物理学科卒業、2022年3月、法政大学大学院経済学研究科修了。1990年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。第一勧銀総合研究所(現みずほ総合研究所)出向、日本経済研究センター出向、みずほ銀行総合コンサルティング部を経て、2009年1月、伊藤忠商事入社、マクロ経済総括として内外政経情勢の調査業務に従事。2019年 4月、伊藤忠総研へ出向。2023年4月より現職。
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