石破茂政権の外交・安全保障政策については、「アジア版NATO」や日米地位協定改定、いわゆる核共有など、石破氏が自民党総裁候補として提唱したアイディアが一時注目された。しかし、厳しさを増す安全保障環境のなかで、まずは喫緊の課題に取り組まなければならない現実は変わらない。日米同盟、対中関係、ロシアによるウクライナ侵攻への対応、エネルギーなどである。
そのうえで、対応を求められるものとして確実に忍び寄っているのが、新たな「核」問題である。これには、原子力艦(原子力動力を有する空母や潜水艦)の寄港と、核兵器の持ち込みの問題が含まれる。いずれも、喫緊のというよりは、中長期的な課題だということもできるが、ことがらの性質から、新たな決定に時間がかかるであろうことを考えれば、本格的な準備が必要になりつつある。順にみていこう。
原潜、原子力空母の日本寄港を断念した英仏
第二次世界大戦後、米国が原子力動力の空母や潜水艦を導入するなかで、そうした艦艇の寄港に際しては、原子力安全性の観点で、1960年代から、日米両国政府の間で原子炉の安全性の保証やそのための手続き、環境モニタリング、事故の際の対処などに関するやりとりや合意が積み重ねられてきた。
その結果、米軍に関しては、空母や潜水艦が、横須賀、佐世保、ホワイトビーチ(沖縄)に定期的な寄港をおこなっている。反核団体などによる批判は続いているものの、放射能漏れなどの重大事故が発生しない限り、これらの寄港は今後も変わらないだろう。
問題は、米国以外の諸国の原子力艦である。2021年に英空母「クイーン・エリザベス」率いる空母打撃群(CSG)がインド太平洋展開した際、空母は横須賀に、その他の艦艇も日本各地に入港したものの、CSGに参加していた英海軍の攻撃原潜(SSN)であるアステュート級SSN「アステュート」は、韓国の釜山に入港することになった。日本への入港ができなかったからである。原子力安全性に関する手続きのハードルが高すぎて、寄港を断念した事例である。
また、2025年には仏空母「シャルル・ド・ゴール」のインド太平洋展開が予定され、北東アジアにまで来訪する計画があったものの、日本への入港はすでに断念されたといわれている。理由の一つは、通常動力の英空母と異なり、仏空母が原子力動力だからである(もう一つの理由は核兵器持ち込み問題で、これについては後述)。結果として北東アジアへの展開自体が取りやめになったようだが、韓国寄港というオプションがなかったわけではない。なお、フランスは、2020年から2021年にかけて攻撃型原潜を南シナ海などに展開した。この際にも日本への寄港が模索されたが、結局実現しなかったという経緯がある。
日本は、英仏を中心とする欧州諸国による海軍艦艇のインド太平洋展開を歓迎し、支援してきた。実務協力のためであると同時に、中国に対する戦略的メッセージとして有用だからである。しかし、今後も原子力艦の日本入港が事実上不可能だとすれば、インド太平洋に欧州を「引き込む」という日本の戦略の足枷になる可能性が高い。
さらに、英仏などにとって、より協力しやすいパートナーは韓国だということにもなりかねない。英仏などにインド太平洋への軍事的関与拡大への意思があるにもかかわらず、日本側の事情で、それを十分に活用できない事態にもなる。
AUKUS級潜水艦を受け入れるのか
英仏の原子力潜水艦・空母の寄港は、いずれにしても定期的なものではなく、頻度も低いため、実現しなくても日本にとっての不利益は限定的だとの議論が可能かもしれない。しかし、今後問われるより大きな問題はAUKUS(米英豪の協力枠組み)による豪州の原子力潜水艦の寄港であろう。
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