インテリジェンス・ナウ

オバマ大統領が対テロ戦争で出した「暗殺指令」

執筆者:春名幹男 2010年9月15日
エリア: 中東 北米

 オバマ米大統領は実はいま、同時に2つではなく、3つの戦争を戦っている。
 第1にイラク。このほど、ホワイトハウスからテレビ演説を行ない、イラクでの「戦闘任務」の終結を宣言した。だがこれは極めて政治的な「終結」に過ぎない。公約実行と宣言した儀式で、戦争は終わってはいない。残留の米兵5万人は装備を変えれば戦闘任務に就くことができる。米公館などは7千人もの民間治安要員が警備する。
 第2はもちろん、アフガニスタン。米軍は3万人増派して計10万人弱。タリバン勢力の伸張に手を焼いている。
 そして最後の3つ目が対テロ戦争だ。別名「見えない戦争」。宣戦布告をしたわけでも戦地と認定した国・地域があるわけでもない。どこに前線があるか分からない秘密工作なのだ。
 対テロ戦争は、ブッシュ前政権が開始した。前政権が特殊部隊を派遣したのは、アブサヤフ掃討作戦を展開したフィリピン、麻薬組織・左翼ゲリラに手を焼くコロンビアなども含めて60カ国だった。
 だが、オバマ政権は派遣先をさらに15カ国増やした。オバマ政権は対テロ戦争を拡大し、より先鋭な対決姿勢を明確にしているのだ。
 オバマ政権はアフガニスタンに隣接するパキスタン北西部の連邦直轄部族地域(FATA)に対する無人機による爆撃をいっそう拡大。さらに中央アジアのタジキスタンなどから、中東のイエメン、サウジアラビアなど、そしてアフリカのソマリア、スーダン、アルジェリア、モロッコに至る広範な地域で、秘密工作を展開している。
 主体は、米軍特殊部隊と米中央情報局(CIA)だ。
 ペトレアス米中央軍司令官(当時、現アフガニスタン駐留米軍司令官)は昨年9月30日署名した「合同非通常戦争機動部隊指令」で、特殊部隊に対して、中央アジア、中東、アフリカの各地域で情報活動を行なう権限を付与する、と指示した。ニューヨーク・タイムズ紙によると、ネットワークを形成して「侵入し、混乱を誘発、打倒し、破壊する」といった工作を指示している。つまり、特殊部隊が本格的な秘密の情報工作に乗り出すということだ。
 他方CIAは既に軍事作戦を実行している。パキスタンやイエメンで、無人機プレデターをテロ組織の拠点に飛ばし、ヘルファイアー空対地ミサイルを発射して、殺害するという作戦を展開している。
 特殊部隊が情報工作に、そして情報機関が軍事の分野へと互いの境界を越えて乗り出した結果、軍と情報機関の間の垣根が事実上なくなった形だ。

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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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