主権国家とグローバリズムの相克

執筆者:田中直毅2011年1月3日
EUは亀裂を修復できるか(ブリュッセルの欧州委員会ビル)(C)AFP=時事
EUは亀裂を修復できるか(ブリュッセルの欧州委員会ビル)(C)AFP=時事

 グローバルな利益と主権国家の関係という観点から、2011年を展望してみたい。ここで課題として取り上げるのは、金融不安に揺れるEU(欧州連合)の行方と、地球温暖化ガス排出量抑制の2つだ。この課題をめぐって解決案の工夫がいろいろ登場するであろうが、グローバルな、あるいは地域的な統合が一直線で進行するわけではないことに、われわれは気づくことになるはずだ。ここにきて主権国家の内側からの異議申し立てが相次いでいる。順を追って確認してみよう。

埋め込まれていた亀裂の萌芽

 EUの統合過程は、世界の各地域にとって模範となるはずのものであった。ところが共通通貨ユーロの創設は、主権国家ごとにそれぞれあったガバナンス(統治)の仕組みを緩くしてしまった面がある。そしてガバナンスの目論見と現実との間の亀裂は、市場の内部から狙撃手を生み出すに至った。
 亀裂はまず第1に、ユーロ加盟の段階で生じた。財政赤字や累積債務額の抑制について各国に厳しい条件を付すべきだと主張したのはEUの「中心」であり、「縁辺」は加盟条件のすり抜けを図らざるをえなくなった。年間の赤字額の方は短期的な歳出削減で何とかなるとしても、累積的な国債発行額を低く表示することは至難である。そして難路であればこそ、市場で「知恵」を働かせて稼ごうとする勢力が登場する。
 国の債務の一部を簿外に移し、簿外の債務に対しては国は高めの金利を支払うというスキームを提案した投資銀行があったとしよう。簿外の債務の引き受け手が国債の保有者ほどには保護されないのは当然だが、その分だけプレミアム(余分の支払い)を要求できるという関係である。さらに、投資銀行が第3者に対して保証をつけて、投資銀行のバランス・シート(貸借対照表)から外すことさえも可能だろう。ユーロ加盟時に「縁辺」でこしらえられたこうしたカラクリを、「中心」は黙認した。ガバナンスの発揮は時間をかけて追求すればよいのだ、という書かれざる「みなし承認」があったのではないか。アテネでの政権交代により、当時の事情が暴露された。これが2009年秋のことである。
 第2の亀裂は期待インフレ率の格差から生じた。もともと「中心」と「縁辺」とでは期待インフレ率に大きな差があった。この懸案については、共通通貨の保有という前提により抑制されるはずと信じられた。実際のところ相当程度の収束が生じ、ユーロの導入は見事な勝利を収めたかにみえた。
 一見平穏と思われた着地点の撹乱要因となったのは、日本の「ゼロ金利」政策であった。2001年3月からの日銀の「ゼロ金利」政策は、発足後間もないユーロ圏にも多大の影響を与えた。円貨をめぐる銀行間市場で「ゼロ金利」が滞留し続けると、ユーロ建ての借り入れ金利にも下方への力が加わることとなった。円キャリー・トレードの余波の1つである。金利低下に最も敏感に反応したのが「縁辺」の住宅取得層であったことに、事後的にみれば納得がいくであろう。従来ならば考えられないような条件で住宅ローンを組み上げることができたのだ。これをきっかけとして、リゾート地の別荘分譲までブームが行き渡ることとなり、「縁辺」のインフレ率も高まった。

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