「買い物弱者」600万人の見えない出口

執筆者:鷲尾香一2011年1月13日

 背中の曲がった老婆が4輪の買い物カートを押しながら、トコトコとまるで歩き始めたばかりの幼子のように歩いている。行き先は自宅から約2km離れた場所にあるスーパーマーケット。若者なら20分程度の道程だが、この老婆にはゆうに30分以上かかる。週に2日、往復1時間以上も歩いて日用品・食料品の買い物に行く。こんな生活がもう2年以上も続いている――。
 いわゆる「買い物難民」の姿だ。経済産業省では、「難民」は「(政治的・宗教的事情から)ある土地を離れて避難する人々」を指すことが多いため、より広義に困難な状況にある人を意味する「買い物弱者」という言葉を用いている。
 この買い物弱者が近年急増している。山間・僻地の過疎地の出来事のように感じるが、今、買い物弱者が急増し問題になっているのは、意外にも都市近郊部だ。

都市近郊部の実態

 東京都心から約1時間。東京都稲城市・多摩市・八王子市・町田市にまたがる多摩丘陵を開発したわが国最大規模のニュータウン「多摩ニュータウン」。計画人口約30万人のこのニュータウンは、1971年から第1次入居が始まった。現在のこの地域の人口は約28万人、世帯数は約8万戸。団塊の世代の入居者が多いこともあり、入居者は急速に高齢化している。多摩市の予測では、2000年に約1万6000人だった65歳以上の高齢者は、2025年には約4万6000人に増加する。
 高度経済成長のシンボル的な存在だったこのニュータウンにも、少子・高齢化の波が押し寄せ、年々人口が減少するとともに、ニュータウン内の各地区にあった小売店は、大規模なロードサイド型やターミナル型の大型商業施設の進出により姿を消し、現在では約3割が空き店舗となっている。永井隆さん(68歳)は、「1番近いスーパーまで15分ぐらいかかる。エレベーターの付いていない5階に住まいがあり、多摩丘陵に作られたことから坂道が多く、買い物が非常につらい」という。
 埼玉県日高市「こま武蔵台」は、買い物弱者問題の典型例として多くのメディアに取り上げられた。1977年から分譲が始まり、現在は2200世帯、人口5800人が住む。乗り継ぎが順調ならば東京都心まで約1時間半のこの住宅団地には、都心に勤務するサラリーマンが多く移り住んだ。現在は、65歳以上の高齢者が約25%を占める。買い物弱者問題は、2008年4月に地域内にあった唯一のスーパーマーケットが不採算を理由に撤退したことで発生した。このスーパーマーケットの周囲には銀行のほか、ピーク時には20店舗の小売店があった。現在は、接骨院や学習塾などが営業しているが、生活必需品を購入できる小売店はなく、シャッター商店街になっている。
 最も近いスーパーマーケットは、未舗装の山道を自転車で20~30分の距離にある。雨が降ると山道がぬかるみ、自転車で通行するのは危険だが、徒歩ではとても通えないので、住民たちは危ないのを承知の上、自転車で買い物に行く。
 京都市初の大規模計画住宅団地「洛西ニュータウン」。当初、地域内を4つに分けて、各地区にスーパーマーケットを配置し、どの住居からも10分以内で買い物に行ける「歳をとっても便利な街」としてPRされた。しかし、市中心部と結ぶ予定だった市営地下鉄が財政難で建設を中断した結果、未だに鉄道路線は通じておらず、人口流出が続いている。その結果、地域内にあったスーパーマーケット4店のうち3店が撤退。その後、1店は復活したが、居住地区からスーパーマーケットが撤退した地区の住民にとっては、スーパーマーケットまで20分以上かかる状況になった。このニュータウンには現在でも約1万世帯、約2万9000人が暮らしている。

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