混乱するエジプトと余裕の中国
チュニジアに端を発した中東の民主化要求の民衆蜂起の波はエジプトのムバラク政権を追い詰め、さらにヨルダン、シリアなどにも波及しつつある。まさに1989年の「東欧民主化」を彷彿とさせる大変動の予感も漂う。ただ、今回のエジプト騒乱が世界に与える影響を考えたとき、少なくともひとつ違っているのは中国共産党の示す態度だ。 中国共産党にとって「東欧民主化」は今でも苦さの残る言葉だ。言うまでもなく、東欧民主化に刺激されて89年6月4日の天安門事件が起きたからである。一般市民や学生を武力鎮圧し、数百人の犠牲者を出した事件で中国が受けた打撃は、国際的な非難と経済制裁だけではない。犠牲者の遺族はもちろん中国社会にも深い傷を残し、共産党不信の種子を播く結果となった。その後遺症の重さは、昨年のノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏に対する中国政府の対応がよく示している。
エジプトのデモを放送する中国のテレビ
こうした経緯をみれば、中国がエジプトの民主化の動きに平穏でいられるはずはないようにみえる。しかし、中国中央テレビは英語チャンネルを中心にデモに集まった群衆や広場や道路に配置された戦車、装甲車の様子をライブで流し、新聞もエジプト滞在中の中国人観光客が足止めされている状況などを大きな記事で紹介している。天安門事件当時の写真や劉暁波氏についての記事を封じる一方で、天安門事件を連想させるエジプトの映像や記事を平気で流させるのは何故か?
中国が経済発展によって得た余裕だろう。天安門事件から2年ほど中国経済は低迷したが、その後は外資の工場を世界から吸引して「世界の工場」となり、雇用拡大、所得向上によって内需も膨張した。01年に世界貿易機関(WTO)に加入後はさらに産業もレベルアップ、中流層も膨張した。昨年の国内総生産(GDP)世界第2位への躍進、自動車販売台数1800万台超が示すのは中国共産党が経済成長、国民生活の向上では十分な実績をあげたということだ。そこがエジプトとの違いだろう。
エジプトも今世紀に入り経済は好転し、GDP伸び率は過去5年6%といった高成長国になっている。だが、中国で膨張した中流層のような社会の“安定装置”はまだ層が薄い。既得権益者は全人口の数%といってよい。中流層が20%超といわれる中国とは社会構造がかなり異なる。中国の経済格差は大きく、農民や出稼ぎ労働者「農民工」の不満は深刻だが、彼らとて共産党一党支配のもとでの成長の果実はそれなりに実感している。「今よりも天安門事件前の方がよかった」という中国人は少ない。カイロの街頭で反ムバラクを叫ぶ民衆は年配者なら「60年代の方がよかった」と言うだろうし、若い世代とて大半は、今が昔よりいいとは感じていないだろう。
中国共産党はムバラク政権の2倍の期間をほぼ一党支配しているが、自国民にエジプトの混乱をライブ中継させられる余裕を持っている。90年代以降、世界中で進んだグローバリゼーションは一様ではなく、同じ途上国でも経済成長の度合いは大きく差がついた。
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