告別の辞を述べる機会もなく辞任することになったムバーラク前大統領(c)AFP=時事(AFP PHOTO / EGYPTIAN TV)
告別の辞を述べる機会もなく辞任することになったムバーラク前大統領(c)AFP=時事(AFP PHOTO / EGYPTIAN TV)

 エジプトでは急速に事態が進展し、2月11日にはムバーラク大統領が辞任してエジプト政治は暫定的な軍政に移行した。全権を掌握した国軍最高評議会は2月13日に憲法を停止し、議会を解散。6カ月を目途に、新憲法を制定し、議会選挙と国家元首の選出を終えて、文民政府に権限を移譲する意思を発表している。1月25日に始まった反政府抗議行動は、18日間のデモで、ムバーラク政権を崩壊させた。

これは革命なのか

 アル=ジャジーラやBBCやCNN、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの速報、そしてツイッターやフェイスブックを用いた現地からの発信で、世界中が見守る中、盤石と見られていた権威主義体制の権力が崩壊する過程が逐一報じられ、体制が「壊れる」過程が詳細に分析された。
 これが真の「革命」と言えるかどうかは、後の歴史家が判定するしかない問題だが、少なくとも、民衆のデモによってアラブ世界最大の国の政治権力者を放逐したという事実は重大である。インターネットを駆使しつつ、エジプト特有の多様な社会階層のそれぞれに合わせて、ビラや口コミや壁の落書きなどまで使い情報を伝達して大規模な群衆を集め、最高権力者に圧力をかけた政治の形態は、今後中東地域だけでなく、世界の権威主義体制への反体制運動にさまざまなインスピレーションを与えるだろう。先進国の社会運動・政治運動にも新たなきっかけを与えるかもしれない。
 同様の事象が同様の形で周辺諸国や類似した政体の諸国に、すぐに波及すると断定する必要はないが、新しい形の大規模な民衆蜂起によって、既存の体制を倒すことができるという認識が、チュニジアとエジプトの実例によって定着した。
 軍政移管を当面は多くのエジプト国民が歓迎し、反政府デモは鎮静化したが、民主化の進展如何によっては、またデモが再発する可能性がある。また、反政府抗議運動の側も、デモの最高潮の時期には、エジプト国民としてのナショナリズムを刺激して、さまざまな年代や階層の参加者を結集することに成功したが、今後この団結が維持されるとは限らない。経済政策についてだけでも、公務員や公営企業の労働組合を中心に、社会主義的政策に戻すよう求める勢力と、ムバーラク一族や政治家・軍産複合体の不当な干渉や独占なしに自由な市場経済化を求める勢力と、正反対の志向性を持つ勢力が混在している。早晩思惑の違いが表面化する可能性は高い。
 また、エジプトに世界が注目し、反応した18日間は、衛星テレビとインターネットが連動したグローバル・メディア空間で進展するイベントとしての国際政治の可能性が、十全に展開した期間でもあった。オバマ政権の対エジプト政策の急速な転換は、グローバル・メディア空間の政治に懸命に対応し、自らも働きかけた結果である。
 日本が、独特の旧弊なメディア体制や、外国語読解力・発信能力の欠如によって、ここに乗り遅れていることは、後に、日本の政治的・経済的衰退を象徴する決定的な事例として思い返されることになるかもしれない。

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