中露の「便宜結婚」に吹き始めたすきま風

執筆者:沢木勇2011年2月28日

 アジアの極東地域は長年にわたり、ロシアと中国の激しい角逐の舞台だった。
 レーニンによる共産党革命が吹き荒れる前の19世紀半ば、帝政ロシアは衰亡の道をたどっていた清朝に不平等条約を受け入れさせ、極東の地域を次々と自国に組み入れていった。1969年にソ連指導部と毛沢東の対立が頂点に達すると、中ソ両軍は極東の国境で衝突、それから20年にわたる敵対関係が続いた。
 中ソが和解にこぎ着けたのが、鄧小平とゴルバチョフによる89年の会談だった。それから中露は良好な関係を誇示してきたが、いま、この因縁の極東を震源地にして、両国に再び、すきま風が吹きつつあるようにみえる。

ロシアが恐れる極東の「中国圏」化

 ロシア・ハバロフスク地方にある大ウスリー島。69年の紛争の発火点になった中露国境のこの島は、長年の交渉の末、2008年にようやくロシアが島の一部を中国に譲渡することで折り合った。
 ロシア側は1月、この島に約193億ルーブル(約545億円)を注ぎ、大がかりな商業施設や娯楽施設をつくる計画を決めた。その内容は最果ての地には似つかわしくない派手なものだった。2015年までに数百戸の別荘や娯楽施設を建てるほか、ホテル、オフィスビル、馬術場まで整えるという。ロシアの思惑は何か。
「ロシアは中国が膨張するにつれ、東部が経済的に侵食されることを恐れている。すでに労働者や安い中国製品が流れ込んでおり、このままでは極東が事実上、中国圏になってしまう。モスクワは中国台頭への懸念を強めている」。ロシアの事情に詳しい外交筋はこう指摘する。
 経済力は言うに及ばず、人口だけ比べても極東部での中露の格差は圧倒的だ。ロシア極東連邦管区の人口は減りつづけており、いまは650万人程度。これに対し、中国は隣接する黒竜江省だけで約4千万人近い人口がひしめいている。
 クレムリンとしては、極東が中国の「経済植民地」になるのを手をこまぬいて見ているわけにはいかない。すでに西方からは北大西洋条約機構(NATO)が旧東欧諸国に広がり、旧ソ連圏は侵食されている。このまま東方まで中国圏に組み入れられれば、ロシアは挟み撃ちにあってしまう。大ウスリー島への大規模投資は、そんなロシアの焦りの表れなのだ。
 しかし、これはロシアが中国に抱く警戒感の氷山の一角にすぎない。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。