2008年11月に起きたムンバイ連続テロ以降、冷え込んでいたインド・パキスタン関係に、再び雪解けの兆しが見え始めた。両国は今年2月、和平プロセスの一環となる「信頼醸成のための包括協議」の再開に合意。これを受けて3月末には印パ内務次官が会談し、テロ事件の捜査・公判の情報交換や対テロ・ホットラインの設置などで合意した。そして同月30日にはパキスタンのギラニ首相がインド北部モハリで行われたクリケットW杯準決勝のインド・パキスタン戦を観戦。同夜にはシン・インド首相との非公式会談に臨んだ。
この「クリケット外交」の成功に後押しされ、4月末には両国の商業次官が会談。ムンバイ・テロ以来実に2年半ぶりの貿易協議を実施した。現在、パキスタンはインドからの輸入を厳しく規制。約2000品目からなる「ポジティブ・リスト」に限定して輸入を認めており、パキスタン企業が求める電機、電子製品、自動車部品などの多くは輸入できない。パキスタン側もインドに約40種類の非関税障壁(NTB)があると主張している。
会合でパキスタンのマフムード商業次官はインドへの最恵国待遇(MFN)供与を言明。カシミールの領有権などの政治問題と貿易政策を切り離す考えを示した。インド側代表のクラール商工次官も、MFN供与を前提にパキスタンとの特恵貿易協定(PTA)を締結することに意欲を示した。
印パ両国は最近、国境貿易のための拠点拡大や、インドからの野菜や石油製品輸入解禁など、二国間貿易拡大のための新たな措置を相次ぎ打ち出している。
一般的に、紛争がこじれた二国間の関係正常化には、経済協力や人的交流の拡大が非常に効果的であることは、1962年に軍事衝突を引き起こした印中関係の例を見ればよくわかる。インドと中国は、国境紛争をひとまず棚上げにして貿易促進などの実利外交を展開。この結果二国間貿易額は600億ドルを超え、最近は印中間の直接投資やJV設立、M&Aなども徐々に活発化している。
印パ間の貿易には潜在力も大きく、相互補完の可能性も十分だ。印パ貿易額は2009年度、約18.5億ドルにとどまったが、インド国際経済関係研究所(ICRIER)の試算ではこれが143億ドルまで拡大する可能性を秘めているという。野菜や果実からセメント、紅茶、繊維などの輸出入で、両国が互いの不足を補うこともできるし、印パPTA締結によってこれまで中東・ドバイ経由や密輸によってやり取りされていた貿易品目が表に出てきて、二国間貿易が金額・中身ともに大きく拡大する可能性もある。
ただ、パキスタン国内ではインドへのMFN供与にはカシミール問題の解決が前提だと叫ぶ勢力もいる。そもそも、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンをかくまっていたことがバレ、パキスタンという国そのものが今後大きく動揺する可能性も少なくない。また、インドにおける大きなテロはこれまで、主に印パ関係が改善に向かっているタイミングを狙って起きている。これらが、印パの友好促進によって自らの存在意義の低下を恐れるイスラム過激派の仕業であることは疑いなく、その背後にはしばしばパキスタン軍部の影がちらつく。今後、印パ経済協力が再び何らかの形で妨害を受けることもあるだろう。
印パ両国の事務方は6月にも貿易に関する合同作業部会を設置、まずはNTB問題について協議を開始する。今回の会合で両国は、お互いが貿易拡大のために何をするべきかという方向性をはっきり明示した。この点で、印パ経済外交は再び大きな一歩を踏み出したと言っていいだろう。(山田 剛)

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