平たい国の大洪水

執筆者:徳岡孝夫2011年11月14日

 ベトナム戦争中の話である。北ベトナムのハノイ、ハイフォンを爆撃(それを北爆と呼んだ)するためにタイ国内の基地を発進した米戦略空軍のB52爆撃機が、誤って1トン爆弾を東北タイの町の小学校に落とした。UPI通信のジャックが「一緒に現地取材に行こう」と電話してきた。私は新聞社のバンコク特派員だった。    朝早く車で出て、現地は東北へ、ほぼ東京-大阪間に等しい距離だった。車はジャックがレンタルし、運転は私がした。  爆弾は泥田の中に深く突き刺さり、大した被害はなかった。さてバンコクに帰ろうとして日が暮れた。私は車のヘッドランプが点灯しないのを発見した。  2人ともメカに弱い。仕方ない、無灯火でバンコクまで突っ走ろうと決めた。それから翌朝まで私は徹夜で走った。タイの田舎で夜中にウロウロしていたら山賊にやられ、有り金はおろか命まで取られかねないからである。  月はなかった。星明かりだけを頼りに、時速100キロでぶっ飛ばした。その間ずっと星が、右にも左にも真横に見えていた。今でも悪夢に出てくる。  夜が白み、バンコクが近付いて托鉢の僧を見たときは安堵の吐息をついた。そのときの経験で知ったが、タイの中部平原はビリヤード・テーブルのように平たい。日本人の常識にはない平らかさ、広さである。

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