公務員に求められる「外交センス」

執筆者:大野ゆり子2011年11月28日

 演奏家が外国で演奏するときに苦労するのが、公演のための査証取得である。その中でも特にアーティスト泣かせなのがアメリカだ。
 たとえ2、3日の滞在でも、「科学、芸術、教育、ビジネス、スポーツ、映画やTV製作において卓越した業績を上げた者が、特定のイベントに参加するためのビザ」が必要だが、この準備がなかなか大変である。招聘元が米労働省に申請する労働許可がおりるのに数カ月かかり、その時点ですぐに米国大使館で領事との面接の予約をとるが、申請者が多いと面会日が2、3カ月先になることもある。
 クラシックコンサートでは、演奏者が急病になると、急遽、代役が公演することがある。10年以上前に、オーケストラから「ビザは懇意の上院議員が何とかするから、取り急ぎ米国に入ってくれ」と言われたことがあるが、9.11以降、手続きは厳しくなり、米国外から急遽、公演に「飛び込む」ことは、実質上、不可能になった。

贈り物を受け取らない米国公務員

 領事との面接予約の電話はクレジットカードで15ドルかかる。その後、オンラインで複雑な査証申請の申し込みを行ない、米国査証用の顔写真を特別に撮り、査証手数料を面会前に振り込み、やっとヨーロッパ内の米国大使館領事面接までこぎつけたときのことである。領事の質問は滞在日数、目的といったお決まりの内容から、かなりのクラシック通だと匂わせる内容に移っていった。もう、雑談に入ったのかと思うと、領事の目は休みなく、書類の行間を行き来している。15分ぐらいで面談は終わった。
 1日がかりになってしまったビザ申請を終え、疲れ果てて地下鉄の座席に座ると、目の前には今別れたばかりの領事が座っていた。向こうも1日の仕事を終えたところで、降りる駅まで私たちと一緒だった。3、40分だったろうか音楽談義が続いた。ビザが絡まないと会話ははずみ、別れ際、領事は名刺をくれた。帰宅後、名刺を持ち歩かない夫は、名刺がわりに自分のCDと連絡先を送ろうと思い立った。いくつかあるCDの中で何が良いだろう。夫は本人にメールを出して聞いてみることにした。2、3日たって領事からメールが来た。
「メール、嬉しく拝受。返事が遅れてすみません。実はどうお返事するか大変逡巡しておりました。我々、米国公務員には贈り物を受け取ってはならないという法律があり、ご本人のCDとはいえ、内部規定を調べた結果、規定に触れてしまう可能性があります。近づきの印というお申し出にこんなお返事をするのを、どうか悪く思わないでください。実際、友情、というのは値段がつけられないことなのですから。どうかわかって頂けると嬉しいです」

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