インフレ圧力に対応するための高金利や歴史的な通貨ルピー安、財政・経常赤字に加え外資導入政策の遅れなどでインド経済の減速が鮮明となる中、プラナブ・ムカジー前財務相の大統領選立候補に伴い空席となった同ポストに、マンモハン・シン首相が自ら就任した。シン首相にとって財務相兼任は2008年以来2回目だが、何と言っても彼はあの伝説となった1991年経済改革を主導し、今日のインドの高成長を演出した立役者。与党国民会議派の重鎮ながらムカジー氏が財務相としてはやや地味だったこともあり、多くが棚上げされたままとなっている改革の再加速に、内外からにわかに期待が高まっている。

 シン首相兼財務相は27日、さっそく財務省や計画委員会などの幹部らを集めて訓辞を行い、「再びインドを高度経済成長軌道に回復させる」と宣言、成長の源泉である内外の投資を呼び戻すため、「停滞していた税制改革や外資規制緩和などを進め、投資家心理の改善を最重要課題として取り組む」と述べた。

シン首相はさっそく、3週間以内に税制改革において鮮明な道筋をつける考えを表明した。インドでは、州境を超えるたびに売上税が発生する現行制度を改善するためのGST(モノとサービスの統合税)の導入が一部州政府の反対で2度にわたって延期され、モーリシャスなどを拠点とした税金逃れを防ぐGAAR(租税回避防止規定)も、各方面からの反対で1年間の実施先送りを決めたばかり。まずは税体系の透明度や予見性を高め、投資家を安心させよう、というわけだ。
 
インド政府首脳は6月に入って、にわかに改革推進に舵を切ったように見える。シャルマ商工相は5日、12年度の輸出額を前年度比20%増やす、との目標を掲げ、輸出金融の金利2%補助の1年間延長や、資本財輸入で優遇を受けた企業に対する輸出義務の緩和、SEZ(経済特区)進出企業への優遇策拡大を発表。工業団地の不足を背景に、SEZ建設のテコ入れなども打ち出した。さらに、野党や商工業者などの激しい反対で事実上凍結されていたスーパー、百貨店などいわゆるマルチブランド小売業への外資導入についても、早期の実施を目指す考えを示した。どうもシン首相の財務相兼任と、改革の加速についてはすでに与党内である程度のコンセンサスができていたようだ。
 
財務省内の人心一新も図るとみられ、早くも次官級幹部の大幅入れ替えや、シカゴ大のラグラム・ゴーヴィンド・ラジャン教授(49)を首相府首席経済顧問に起用する人事案も浮上している。一連の「改革」シフトを好感してか、インドの株式相場も上昇しており、投資家心理という点ではまずは効果を上げたといえるだろう。
 
もちろん、小売業における外資導入や財政赤字圧縮のための補助金削減などは政治的に非常にセンシティブな問題で、実施には相当の反対も予想される。この点でシン首相は「経済の健全な発展によってこそ、すべての国民を豊かにし福祉を充実させることができる」と強調している。経済学者出身らしいコメントだが、そのとおりインドのような多様性と格差を内包する国では国民生活の底上げに特効薬はないのだが、ひたすら地道に経済発展を目指すとともに、成長の恩恵をあまりタイムラグなく農村部や貧困層に浸透させる配慮や施策が必要なのは言うまでもないだろう。
 
政治家にとっての経済成長は、国民の懐具合や商売繁盛、はては株価上昇など総じて短期的な結果を求められるが、5年後、10年後を見渡す内外企業はもっとロングスパンでインドを見つめている。スズキやGM、ダイムラーなど世界の自動車メーカーはいまやほぼいっせいに生産能力の拡張に動いているし、コカ・コーラはつい先日、2020年までにインドに50億ドルを投資する方針を明らかにしたばかり。そして、昨年初めから100社以上の日本企業がインドで工場の新増設、M&A、合弁企業設立、現地法人設立などを実行していることを考えても、インドの潜在的な市場性・成長性はまだ輝きを失っていないといえるだろう。
 
 シン首相兼財務相が指摘したように、あとはこうした投資家の期待を裏切らないことが何より重要だ。改革の断行には野党や労組、左翼政党をはじめ与党連合内の抵抗勢力が立ちふさがり、なおも予断を許さない。すべてはこれからだが、今年度中にはインドの改革路線をめぐる方向性が鮮明となってくるだろう。(山田 剛)

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