音楽祭に持ち込まれた「風力発電」への賛否

執筆者:大野ゆり子2012年9月25日

「グラインドボーン」という地名は、英国人にとって特別な響きがあるらしい。
 ロンドンの南80キロほどに位置する、緑に囲まれた小高い丘の上で、1934年からほぼ毎夏、オペラの音楽祭が行なわれている。音楽愛好家だった資産家ジョン・クリスティ氏が、チューダー様式の豪奢な大邸宅で音楽会を催し、そこに出演したソプラノ歌手に一目惚れし、結婚後、夫妻で力を合わせて世界一流のオペラハウスを築いたのが音楽祭の始まり。ちょうどナチスの台頭と時期が重なったことで、ドイツを逃れた一流音楽家が集まり、国際的な名声が確立された。
 ブラック・タイというドレスコードを約80年間守り抜き、休憩時間には見事に手入れされた庭園の中で、聴衆がそれぞれ持参してきた食べ物を広げ、ピクニックをする風習がある。ロングドレスの女性とタキシード姿の男性が外でシャンパンを抜き、草を食む羊や牛のそばに座って、ロンドンの喧噪を忘れてゆったりと過ごす。「真夏の世の夢」のようなロマンチックな風景の中で、良家の子女が引き合わされることも多いそうで、私の友人は「ここでプロポーズされるのが夢」とよく話している。

英国の画期的取り組み

近隣の国立公園から見たグラインドボーンの風力発電のための風車(写真右上、筆者撮影)
近隣の国立公園から見たグラインドボーンの風力発電のための風車(写真右上、筆者撮影)

 この音楽祭の風景に、今年から文字通り、新風が吹きこまれた。劇場の敷地内に「風力発電」の発電用風車が取り付けられたのである。自前の発電施設を設けて、電力の自給に踏み切ったのは、英国の文化施設ではここが初めて。全長67メートル、定格出力900kWの風車は、年間120公演、15万人を集客する劇場に必要な電力量の9割を自給できる見込みだという。  英国では2008年に「気候変動法」が成立し、「2020年までにCO2排出量を1990年比で34%、2050年までに80%削減する」という目標を掲げ、世界で初めて法的拘束力のある数値導入に踏み切っている。この目標を達成するため、小規模な低炭素発電(風力発電の場合、出力1.5kWから5MWまでの発電施設)に対しても、固定価格買い取り制度を導入し、これまで電力市場とは無関係だった組織、地域や個人も発電できるよう、支援に乗り出した。  英国ではサッチャー政権下の89年に電力業界の分割民営化が進み、98年に電力小売り事業者は完全自由化し、消費者が自由に電力会社を選べるようになっている。発電と送電は分離されており、グラインドボーンは全英の送電を管理し、需給をマッチングさせるNational Gridに登録しており、風力発電風車の総発電量に対して、自分たちが消費する、しないにかかわらず、キロワット時あたり9.9ペンスの支払いを受け、電力の余剰分があれば、さらに上乗せされる。  スポンサーからの寄付とチケット販売のみによって音楽祭を運営しているグラインドボーンは、この「固定価格買い取り制度」による援助抜きでは、風力発電への投資に踏み切れなかった。風力発電に投資した約150万ポンドは、今後、電力の90%の確保を前提として、7年間で元を取れる試算になるという。この風力発電風車設置には、実は環境保護団体や地元住民から猛烈な反対があった。申請から認可までには5年以上が費やされ、鳥など生態系への影響、考古学的な調査、騒音、ブレードの影の影響が検討された。

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