「マリに平和を」

執筆者:星野 智幸2013年1月30日

 サッカーの元日本代表監督であったイビツァ・オシムは、常日ごろから口癖のように次の言葉を語っている。

「サッカーとは、人生である。なぜなら、人生で起こることは、すべてサッカーでも起こるからだ。しかも、サッカーではもっと早く、もっと凝縮して起こる。つまり、人間が一生涯で経験できるものすべてが、非常に短い時間の中で起こりうるのだ。一度の人生で起こりうる美しいこと、醜いこと、すべて詰め込まれたのがサッカーなのである」(オシム著『日本人よ!』)

 本コラムのタイトルは、オシムの人生と言葉に深く影響を受けてきた筆者が、このフレーズをアレンジしたものだ。

 

イビツァ・オシムの世界観

 ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のオシムは、1990年前後のユーゴスラビア代表監督として名をあげた。現名古屋グランパス監督のドラガン・ストイコビッチを始め、まぶしいほどのタレントたちがひしめくユーゴ代表を、美しいハーモニーを奏でるオーケストラのようなチームにまとめ上げ、1990年ワールドカップ・イタリア大会で世界中を魅了した。

 それは、単なるスター軍団ではなかった。冷戦が終わり、ユーゴスラビア連邦が内戦に突入して解体していこうとする不穏な時代に、民族の異なる選手たちが自民族のナショナリズムを超えて共存し調和してプレーするさまは、「1つの理想の体現」(オシム)だったのだ。起こりつつある悲劇に対し、オシムと選手たちは、サッカーのあり方で体を張ったのである。

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