今年八月二十八日。東方正教会典礼暦で聖母被昇天の祝日にあたるその日、ロシアの首都モスクワで、東西キリスト教会が和解に向けた新たな一歩を踏み出した。ローマ法王庁が保管していたロシア正教の代表的聖画像「カザンの聖母」の寄贈式である。「今回のイコンの帰還は東西のキリスト教会の対話と、歴史の溝を越えた相互理解への歩みを示すものになるだろう」(ロシア正教会の最高指導者アレクシー二世総主教)「キリスト教徒の間は残念ながら分裂したままだが、この聖なるイコンが、神の御子の弟子たちの一致の象徴となるように祈る」(バチカンの最高指導者ローマ法王ヨハネ・パウロ二世) 双方は書簡を通じて和解への意欲を表明し、式典は祝賀ムードに包まれた。 キリスト教会は一〇五四年に教義や典礼問題を巡る確執からローマ・カトリック教会と東方正教会とに分裂し、厳しく対峙し続けてきた。 東方正教会は「一国家一教会」が原則。ロシア正教会はその最大勢力でありバチカンへの対抗意識が最も強い。 バチカンとロシア正教会との完全和解は、千年近く続いたキリスト教会の東西分裂の事実上の終結を意味する。 だが、イコンをアレクシー二世総主教に直接手渡したバチカンのカスパー枢機卿(キリスト教一致推進評議会議長)の表情は今ひとつ冴えなかった。その式典の場にローマ法王ヨハネ・パウロ二世の姿がなかったからだ。ロシア正教会側はローマ法王のモスクワ訪問を最後まで拒否し続けていた。

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