小泉首相は九月中旬から下旬にかけ、ブラジル、メキシコ、米国(ニューヨークの国連本部)を訪問した。ブラジルは、日本の首相としては九六年の橋本首相以来八年ぶりで、日系人(百四十万人)の期待は大きかった。 九月十四日、サンパウロ州から訪問を開始した小泉首相は、円借款で行なわれているチエテ川流域の環境改善事業の現場や、サトウキビ畑やオレンジ畑の視察をこなしたあと、離れたグァタパラ農場にヘリコプターで向かった。 グァタパラは一九〇八年、移民船「笠戸丸」で日本人のブラジル移住者第一陣が入った土地で、移住者たちはコーヒー園の季節労働者として働いた。戦後、移住者たちは土地を伐り拓き、一帯を一大農場地帯に変えた。 警備の都合上、小泉首相が上空からしか視察できないと聞かされた移住者たちは、「せめて亡くなった人たちの供養に、上空から花束を投げてほしい」とささやかな要望を出していた。ところがヘリは現地上空まで来ると、首相の指示で緊急着陸した。 翌日、千二百人が集まった日系人団体主催の歓迎会で、首相はこのときの模様を披露。「ヘリから下を見たら『歓迎 小泉総理大臣』の大きな文字や鯉のぼりが見えた。花束を落すだけでは失礼だと、何とか降りたいとパイロットに頼んだ」。こう語ると、感極まって十五秒ほど押し黙り、「移住者の皆さんに涙をもって迎えてもらった。感激しました」と涙を流した。

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