イラクを傍観できなくなった周辺国の変容

執筆者:池内恵2005年2月号

 年末年始をエジプトのカイロで過ごした。中東への渡航は三カ月ぶりだが、アラブ・メディアの論調は移り変わっていた。一月三十日に予定されるイラク国民議会選挙が近づくにつれて、現行の政治プロセスそのものを拒絶してみせる論調は影を潜め、武装勢力によるテロリズムを「レジスタンス」として称揚する傾向のあった周辺アラブ諸国の報道も沈静化している。 イラクの武装勢力が自らは姿を現さず攻撃の矛先をもっぱら無防備なイラク人に向けていることは、支持や共感の余地を狭めている。また、二〇〇四年十一月二十三日に主要八カ国(G8)と周辺国の閣僚を集めて開かれたエジプトのシャルム・シェイク会議で、イラク統治基本法とそれに基づく国連安保理決議一五四六に示された政治プロセスを追認したことは、周辺諸国が非協力を貫くことを難しくしている。 そして、近隣のアラブ諸国は政権と人口の大半がスンニー派であり、イラクにシーア派の理念を前面に出した政体が成立することを危惧している。アラブの民族意識からは、イラクがシーア派国家としてイランの影響下に入る事態は耐え難い。 現状では、比較的治安の安定したシーア派地域で円滑に選挙が実施されることによって、ただでさえ人口で多数を占めるシーア派が、一方的に多数の議席を占有することになりかねない。もはや「アメリカの軍事力による民主化の強制など不可能」と揶揄していられる段階ではなく、より多くのスンニー派勢力の選挙参加を可能にするための仲介に本腰を入れざるを得なくなっている。

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