「銀行合併を新聞で知る」日銀の限界

執筆者:石本量司2005年2月号

 どんなに立派な理論を唱えても、実践できなければ空論に過ぎない。中央銀行は理論と実践の整合性が求められるが、最近の日銀は空論が目立つ。「情報収集能力が衰え、実態把握が十分でない」(幹部)ためだ。現実認識が甘ければ、「万が一」の事態に対応できない。日銀は存在意義を問われかねない状態にある。 中央銀行は本来、公的機関の中では最も現実を知る組織である。日々のマーケットオペレーション(市場操作)や金融機関へのヒアリングを通じ、金融界や金融市場の実情を詳しく把握できるからだ。だからこそ、何かあった時には「金融界の駆け込み寺」になれる。 ところが、昨年、金融庁の検査で追い詰められたUFJ銀行に関し、日銀には「重要情報がほとんど入ってこなかった」(幹部)。住友信託銀行によるUFJ信託の買収、その後の三菱東京フィナンシャル・グループによるUFJホールディングスの救済合併などは「恥ずかしながら報道で初めて知った」(同)という。 ダイエーが産業再生機構に支援を仰ぐかどうかの瀬戸際でも状況がつかめず、メーンバンクの担当役員らを呼んで聴取せざるを得なかった。市場動向でも、一昨年長期金利が急騰した際、「何が起きたのかすぐに分からなかった」(複数の幹部)とされ、金利安定を図る意思表示として実施したオペもタイミングが遅れた。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。