三十九年にわたってエリゼ宮(フランス大統領官邸)の厨房をあずかってきた料理長、ジョエル・ノルマン氏(六〇)が十二月三十一日、定年で退職した。仕えた大統領はドゴールから現在のシラクまで五人。今日のエリゼ宮の華麗な饗宴料理を築いた功労者だった。 ノルマン氏とはパリ特派員時代に取材を通じて知り合い、以来、私がフランスを離れてからもコンタクトをとってきた。十二月半ば、日本から一足早い退職祝いの国際電話をエリゼ宮に入れた。「いつ饗宴が入るか分からないからまだ退職気分なんて全くないよ」。聞きなれた野太い声が、厨房の喧騒とともに受話器から伝わってきた。 欧州政治の一中心をなすフランスだけに、外国首脳や特使の突然の訪問は度々あり、突発的に饗宴が入ることも多い。「二十四時間気が抜けない」と氏はかつて語っていたが、退職間際とて例外ではないのだろう。 ノルマン氏は父が料理人だったこともあって、小さい時から料理人になろうと決めていた。中学校卒業後、出身地の仏中西部ウール・エ・ロワール県のレストランなどで修業し、英国貴族の専属料理人として英オックスフォードにある貴族の館で働いたこともある。仏空軍基地の将校レストランの料理人だった時、その腕を見込んだ将校の一人がエリゼ宮に紹介してくれた。六五年、二十一歳の若さだった。最初は下働きだったが、すぐに料理次長に抜擢され、八四年から料理長として二十余人の料理人を率いてきた。

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