振り返ってみれば、それは日本産業の国際的な競争力を再検証してみようというこの連載の出発点だった。日本経済新聞二〇〇三年二月九日付朝刊の一面記事のことである。『キヤノン 低価格品 国内生産に転換 中国から 製造を完全自動化』という四段見出しが付いている。新聞制作の現場では「肩」とか「準トップ」と呼ぶ扱いで、つまりはトップニュースに次ぐ記事として掲載されていた。 キヤノンがカメラやプリンター用カートリッジなどの低価格製品の生産を、二〇〇四年度中にも中国から日本に戻す。そのために高精度の金型の自動設計や、新商品の試作をせずに完成品を作る新生産システムを取り入れる。こうした「従来の発想にない開発・製造システムを確立」(御手洗冨士夫社長)し、人件費が日本の約二〇分の一である中国で生産するよりもさらに安く作る体制を整えるという。 二つの意味で驚いた。まず、安い労働力を売り物に“世界の工場”となっている中国から国内回帰する流れが、品質の良さを盾にした高付加価値製品だけでなく低価格品にまで広がってきたこと。コスト競争は永遠に終わらないが、人件費の安さを頼みとする競争ではなく、知恵とか知恵を形にする技術で勝負する新しい競争が始まろうとしている。

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