江沢民が去り、国民党人脈も用済みに。香港トップの突然の辞任の背景にあるのは、中華社会の大変化だ。 三月十日、午後五時半過ぎ。香港特別行政区政府中央庁舎に待ち構える百人を超す記者を前に、董建華行政長官は「市民、友人のみなさん、私はいまから一時間ほど前、中央政府に対し、行政長官の職務を辞すべく正式にお願いを致しました」と切りだした。董は現在、六十七歳。日常政務すら満足にできないほどに足腰が弱ってしまったことが、長官辞任に踏み切った理由だという。 だが、かねて噂されていたとはいうものの、北京で全国人民代表大会と全国政治協商会議が開かれ、反国家分裂法案が内外注視のなかで論議されているこの時期に、しかも二〇〇七年六月までの任期を残した香港政府のトップが辞任を表明する理由は、常識的に考えて健康問題などではあり得ない。 古来、中国には「疾ヲ称シテ出デズ」という政治文化がある。本当の理由を挙げて情況をこじらせるのを避けようと、仮病であったとしても「疾」、つまり病気を理由にして政治的出処進退にかかわる一切の責任を不問にし、揣摩臆測の類を封印するという手法だ。今回の董の辞任もまた、ある意味ではこの伝統を踏まえている。

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