二〇〇四年は中東政治に変化の兆候が出揃った年として記憶されるだろう。二〇〇五年はそれらの兆候が現実となり始める年となった。  中東の長期的な趨勢を見極める上で見逃せないのが、エジプトの動向である。昨年十一月から大統領批判が公然化し、「キファーヤ(もう充分だ)」というプラカードを掲げて大統領退陣を要求するデモが相次ぐという前代未聞の現象が生じている。  各勢力の要求は、第一にムバーラク大統領から次男ガマール氏への世襲に対する反対であり、第二に、大統領選挙に複数立候補制を導入し、大統領再選を二期に制限する憲法改正の要求である。当初は要求を撥ねつける構えを見せていたムバーラク大統領は二月二十六日に、九月の大統領選挙に先立って複数の立候補を認め国民の直接選挙を可能にする憲法改正を行なうと突如表明した。  エジプトは近代のアラブ諸国に政治発展のモデルを提供し続けてきた。新たな選挙制度と運用、選挙戦の展開と結果は、周辺諸国に長期的に多大な影響を与えるだろう。  エジプトの現行制度では、大統領選挙はまず人民議会(国会)の三分の二以上の賛成によって単一の候補者が推挙され、「賛成/反対」二択の国民投票によって信任されるという手順を踏む。複数の候補者が政策論を戦わせて国民の支持を競う機会は実質的に存在しない。議会の多数は与党の国民民主党(NDP)が占め、大統領への翼賛的な姿勢に終始しているため、現職が自動的に選出される。実質上終身任期が約束され、対抗者の伸張を許す環境が閉ざされていく中で、世襲がほぼ唯一の権力継承・体制持続の選択肢となる。

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