「中東でなぜアメリカは憎まれるのか」。9.11事件から現在に至るまでしばしば提起されてきた問いである。「イスラエルに肩入れした偏った中東政策が原因である」といった答え方が一般的であるが、それだけなのだろうか。 中東の反米感情には、政治的経緯や経済状況に還元し尽せない部分がある。自らの全人生を賭けて「アメリカ」という存在に打撃を与えて地上から消し去りたいと感じ、実際の行動に移すには、大きな飛躍を必要とする。この飛躍をもたらす衝動はどこに由来するのだろうか。クトゥブの見たアメリカ アラブ世界のアメリカ憎悪の感情を表出した典型例として、エジプトの政治思想家サイイド・クトゥブ(一九〇六―一九六六)の事例は注目を集めている(註)。 クトゥブはイスラーム主義勢力を暴力革命路線に向わせるインスピレーションを与えた人物として知られる。クトゥブの資質は元来は文学的感性に秀でていた。情動に訴えかける独特の文体により、作家・文芸評論家として脚光を浴びた。一九五〇年代からイスラーム主義の政治思想に傾斜し、ムスリム同胞団のイデオローグ(理論的指導者)となる。ナセル政権の弾圧によって刑死する直前に著された『道標』では、イスラーム世界を含む現代世界全体を神の定めた規範を喪失した「無明社会」として断罪した。

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