福井日銀総裁は“速水化”しつつあるのか

執筆者:外山研二2005年7月号

「政治の意思決定メカニズムを高度化することに皆がもっと責任をもたなければならない」――。四月二十九日、東京証券取引所で開かれたシンポジウムの席上、福井俊彦・日銀総裁は強い口調でこう言い切った。 BOJ(日銀)ウォッチャーたちの話題を呼んだのは、福井総裁が政治に“注文”をつけるのが極めて異例のことだからだ。二〇〇三年三月の総裁就任以降、「福井日銀」の特徴は、その政府・与党との二人三脚ぶりにある。蜜月はついに終わろうとしているのだろうか。「セントラルバンカーは怖い顔で荒療治を」と、ウィリアム・マーチン元FRB(米連邦準備制度理事会)議長は語ったという。しかし、福井総裁の“怖い顔”には馴染みがない。「福井日銀」の選んできた金融政策もまた、日本経済にとって極めてソフトなものだった。 かつて対日辛口批判でならしたアダム・ポーゼン米国際経済研究所上級研究員も、日経金融新聞のインタビューに対して「日本は進歩した。福井総裁は正しいことをしている」と手放しの賛辞を贈っている。燻り続ける金融システム不安を封じ込めてみせた、日銀の積極的な「量的緩和」を評価してのことである。「万が一のためのお金」が手元にたくさんあれば、銀行は企業に対する融資や資金繰り支援にも積極的になるはず。日銀はこうした効果を狙い、銀行から国債や手形を買い取る資金供給オペを積極化。彼らの“万が一のためのお金”=日銀当座預金の量(残高)を増やして行った。

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